なーママふわ∞ポム日記

なーママふわ∞ポム日記

~KinKi Kids・嵐・関ジャニ∞を通じたあれこれをふわふわと綴るブログ~

言葉の重み

今回はとってもネガティヴなことを書いています。

苦手な方は読まないでください。

 

これから書くことを将来読み返して、

「くっだらないこと考えてたんだな~」

と自分で自分を笑い飛ばせるように、

今回自分の負の感情を書いておこうと思います。

 

 

今だから正直に言うと、

以前、私は一時、精神的に関ジャニ∞と距離を置いたことがあります。

スバラジの発言

すばるさんがスバラジで言った、

「踊る意味が分からない」 

すばるさんが悪意を持って発言したわけでないし、自分のラジオで好きなことを言っていいと思います。

だけど、私はとても悲しい気持ちになりました。

 

なぜなら、私が関ジャニ∞と並行して応援しているKinKi Kidsや嵐を否定された気持ちになったからです。

 

「歌って踊る」表現方法が人の心を打つこともある。

言葉やMCがなくても「歌って踊る」というエンターテインメントから、舞台に立つ演者が表現したいものや伝えたいことを感じられる。

 

これらは、私がKinKi Kidsや嵐からコンサートを通じて教えてもらったことでした。

 

だから、悲しみの深さ故、渋谷すばるが音楽の中心だった関ジャニ∞にも一時的に心の距離を置きました。 

『卒業』違和感論

4/15の会見以降。

すばるさんに対し、ファンや各メディアは『退所』『卒業』と様々な表現を用いました。

それに対し、一部のメンバーが

「『卒業』は違うと思う。」

と発言し、

『退所』『中退』などの言葉が出されました。

それに対して一部のeighterさんから、

「前からそう思ってた」

という意見が溢れ、「『卒業』違和感論」が急上昇し、一気に多数派を占めました。

 

折しも、これら発言の前後にオウム事件の麻原他数名の死刑執行のニュースがありました。

オウム事件を多感な時期にリアルタイムで見ていた私にとって、この「『卒業』違和感論」の一連の流れが、まるで教祖と信者のような関係に見えてしまいました。

 

『卒業』とか『退所』とか『中退』とか、

これらの言葉に正解ってあるでしょうか?

そもそも、正解を提示する必要はあるでしょうか?

正解は「渋谷すばるさんはジャニーズ事務所との専属マネージメント契約を終了/契約を更新しない」で、『卒業』も『退所』も『中退』も全部違います。

ですが、これに何の意味があるのでしょうか?

 

メンバーが「『卒業』は違う」と思ったように、逃げ道が欲しくてあえて『卒業』を使ったファンもいます。

それは、使ってはいけない言葉だったのでしょうか?

 

すばるさんの件については、自分がどの立場かで、使いたい言葉、使いたくない言葉があるはずです。

そして、彼らにとって使いたくない言葉が『卒業』であったことはわかります。

でも「違う」と言う必要があることですか?

どの言葉も等しく使うことは許されないんですか?

彼らが『卒業』を否定する前にこうつぶやいた自分が、今の私には滑稽に見えます。

 

ちなみに私は、4/15の会見からかなり早い段階で「6人の関ジャニ∞」を楽しみにしていました。

こんな前向きだった私が、今は深い悲しみの底に沈んでいます。

文字を連ねる

とはいえ、彼らが「違う」と強い言葉を使ったのも理解できます。

自分たちとファンを鼓舞する意味もあったのかもしれない。

ですが、彼らが強い言葉を使えば使うほど、彼らが追い込まれているんだな、と哀れみを感じました。

それはきっと、ファンが思っているような

「やっぱりついていこうと思った」

などの精神論的なものではなくて、

数字とかスポンサーとか、素人の私にはわかりかねますが、彼ら自身が発破をかけられ、今が正念場だと内外から試されている厳しい状況にあるのだ、と。

 

だけど、強い言葉は範囲を作り、言葉を発した当人が意図しているかどうかを問わず、時に人を選別してしまう場合があります。

だから、これまでジャニーズアイドルたちは断定的な表現をあまりを使ってこなかったのかもしれません。

 

ですが、今はファンがアイドルに言葉を求める時代なのでしょう。

黙示的なものより直接的な言葉がほしい。

それは、特に関ジャニ∞のファンに強く見られる傾向で、かつアイドル側も求めに応じているように私は感じています。

最近はアイドル側がエゴサしているようですし、ファンの忌憚なき意見に接することができるのかもしれません。

 

だけど、

言葉を発しない人の思いは彼らにどう届いているのだろうか。

言葉を発しない人たちに彼らは何を届けようとしているのだろうか。

そう思ったりします。

休学中の私の心境

歌や踊りなどのパフォーマンス=エンターテインメントによるアイドルの表現は、言葉による選別をなくし、誰にでも等しく「私はここにいていいんだ」と思わせてくれます。

その意味で、私にとってコンサート・ライヴと舞台は同じで、

「エンターテインメントを通じて私の心で感じたものを大切にする」

そのために足を運んでいます。

 

だから、私は6人の関ジャニ∞の公演を全然心配していません。

発表された時も「イエ~~~イ!!」とテンションが上がっていました。

 

だけど、今は違います。

ツアーが始まる直前に彼らが言葉を発したことで、

彼らは私に予断を与えました。

そして私はこう感じました。

「彼らの言葉に賛同できない人は行くべきではない…かな」と。

 

関ジャニ∞の夏のドームツアーの前半が終わりました。

参加されたeighterさんのレポを読んでいると、

「やっぱり行って良かった」

「彼らの言葉を聞けてこれからも応援していこうと思った」

と前向きな言葉が並んでいました。

 

あぁ、私は今、完全に外側にいるんだな。

 

そう思います。

 

札幌が6人としてRe:Startする場所で、

名古屋が6人として務めあげられるかどうかの目標だった場所で、

大阪が6人の地元凱旋公演で、

福岡が国内オーラス&6人を初の海外公演へ送り出す公演だとしたら、

東京は…何かなぁ…見学が多い公演?

 

札幌や名古屋の公演に参加されたeighterさんは、彼らの苦悩を共有したんだな。

私がそれを感じる日は来るのかな…

 

などと考えたり。

 

「行けば楽しいよ!」

「6人はついて来いって言ったよ!」

「ゆっくりでいいって言ってたよ!」

と励まして下さる方もいらっしゃるかもしれません。

 

そうなんだろうと思います。

レンジャーも読んでいます。

知っています。

ですが、

私が最後まですばるさんのスバラジでの言葉に引っかかっていたように、

あのタイミングでの一部のメンバーの発言は、これからもずっと心に引っかかっていくと思います。

そして、

一部のメンバーの発言は、グループを代表しての言葉でもあります。

誰かを責めたいわけじゃなく、あれがグループとしての言葉であり、「違う」と言い切ることが6人の関ジャニ∞の姿勢なんだな…と思うと、まだまだ悲しみの底から這い上がれそうにありません。

好きなこと・趣味だから、邪念や疑念を持たず、もっと気楽にただその時間と空間を楽しみたいはずなのに、なんでグズグズ考えてしまうんだろうか…

と休学中の今、そんな風にウジウジ考え日々過ごしています。

 

ただ、ひとつ言えるのは、

やっぱり私はeighterじゃなくてただのファンだな、と、

今回改めて思いました。