なーママふわ∞ポム日記

なーママふわ∞ポム日記

~KinKi Kids・嵐・関ジャニ∞を通じたあれこれをふわふわと綴るブログ~

櫻井翔と村上信五

櫻井翔:1982年1月25日生

村上信五:1982年1月26日生

同い年で誕生日1日違いのこの2人。

年男のこの2人について、誕生日記念に記事を書きます。

間違っているところがあればごめんなさい。

まず櫻井くんについて。

私がもし櫻井くんの母親だったら…

私は子を持つ親でもあるので、櫻井くんのことを考える時に親の立場から考えてしまうことがある。

 

櫻井くんは幼稚舎から大学まで慶応という生粋の慶応ボーイ。 

噂によると、慶応の幼稚舎は成績が良ければ入れるわけではないらしく、まずそれなりの家柄と両親の職業、資産状況が求められるらしい。つまり、親の状況+子どもの学力と素養が備わってはじめて入学が許されるとか。

そして、一般的に小学校のお受験では、母親のサポートが合格の必須条件と言われ、だから私立小学校に通う子どもの母親は専業主婦が多い傾向にあるとも聞く。

櫻井くんのご両親は共働きだったみたいだから、同じ学校に通う他の母親たちと比べてお母様は時間のやりくりが大変だっただろうな、と想像する。

 

そんな手塩にかけて育てられた櫻井くん。

たとえご両親がトップエリートを期待していなかったとしても、まさかアイドルの道へ進むとは、ご両親は夢にも思っていなかっただろう。

もし私に息子がいて、ある日突然「明日ジャニーズのオーディション受けに行くから」と言われたら、私は激しく動揺して「やめときなさい」と言ってしまうような気がする。

 

櫻井くんが入所した1995年当時のジャニーズアイドルは、高校に行くことすら難しく、中退を余儀なくされたり、そもそも通っていない子どもたちも多かった。

そのうえ、当時のジャニーズアイドルの寿命は短く、20代でグループを解散したり、あるいは事務所を辞めてしまうアイドルが多かった。

10代なんて、まだまだ人間として未熟な時期。

デビューの保証もなく、デビュー=成功とも限らない仕事、それがアイドル。

わずか14、15歳で、仕事か学歴か、どちらを選ぶか迫られるなんて、あまりに酷。

失敗を知らないからこそ自分の夢を選び、その世界からドロップアウトしてしまう。

そんな子どもたちの方が多いのかもしれない。

そんな刹那的な人生は、わが子には歩んでほしくない。

私ならこう思ってしまう。

 

名門私立小学校の父兄に対する私のイメージで櫻井くんのジャニーズ入りを妄想すると、

「櫻井さんとこのご長男、ジャニーズですって!」

「あらあら、一体どうなさったのかしらね~。お父様が立派な方だから、息子さんが反発されたのかしら。オホホホ~」

みたいな偏見のかたまりなのだけど(名門私立小学校にお子さんを通わせている父兄の方々、申し訳ありません)

もしかしたらご両親はそういう中傷を経験したかもしれない。

それでも、最終的には息子の意思を尊重したのだと思う。

櫻井翔ジャニーズ事務所を変えた 

櫻井くんが大学に入学した2000年頃、大卒のジャニーズアイドルは少なくともデビュー組にはいなかったように思う。

しかし、櫻井くんが大学進学を選んでから、それに続く後輩が多くなった。

少なくとも、ジャニーズで高卒がスタンダードになったと思う。

 

かつてジャニーズ事務所が学業よりタレント活動を優先せざるを得ないような仕事の入れ方をしていたことは、かなり問題だったと私は思っている。

その問題に対して、櫻井くんはアイドルという立場で自ら変革をもたらし、それが事務所に大きな変化をもたらした。

その功績は大きい。

 

しかも、櫻井くんは経済学部卒。

一般的に文系学部の中で最も留年の割合が高いと言われる学部を、櫻井くんはストレートの4年で卒業した。

後に櫻井くんは経済学部を選んだ理由について「あの学部は比較的ラクな方だよね、そりゃ嵐やりながらでも卒業できるよね、って言われたくなかったから」とインタビューで答えている。

嵐と関ジャニ∞の関係

かつて嵐と関ジャニ∞は度々因縁対決をしたりと、なぜか関ジャニ∞が嵐にメラメラと対抗心を燃やすパフォーマンスを繰り返していた。

実際のところはそうでもなく、嵐の風チーム(相葉・二宮・松本)は関ジャニ∞の年上組(横山・渋谷・村上、別名『三馬鹿』)+丸山さんと同期で、丸山さんを除くメンバーで合宿所生活を共にしていたことがあるし、その頃一緒に買い物に行ったりとごくありふれた男同士の付き合いをしていた。

そして大野くんは、かつて京都劇場で開催されていた『KYO TO KYO』で2年間座長を務め、当時関西Jr.だった関ジャニ∞のメンバーと一緒に出演した縁で、特に丸山さんとは、丸山さん曰く「家族みたい」とその存在を語るほどの間柄だ。

 

そんな嵐の4人と比べると、櫻井くんと関ジャニ∞の関係はイマイチ弱いように私には見えた。

共通点は、年上組と共に『8時だJ』に出演していたことだけど、櫻井くんは翼翔組のイメージが強く、三馬鹿と絡んでいた記憶が私にはあまり残っていない。

関ジャニ∞の一部のメンバーとはドラマで共演しているけど、ご飯に行ったとか、服をもらったとか、買い物行ったとか、そういうエピソードもあまり語られてこなかったように思う。

時を経て明かされる事実

だから、櫻井くんと村上さんが交流しているというイメージはなかった。

勝手にそう思い込んでいた。

 

だが、2016年2月のレコメンで衝撃の事実が明かされた。

「櫻井くんと村上さんが誕生日プレゼント交換」

私はリアルタイムでラジオを聴いていて、思わず声を上げた。

木箱に入ったういろうを楽屋に差し入れる村上さんと、『誕生日おめでとう 櫻井』と書かれた完璧なのし付きの贈り物をする櫻井くん。

でもこのときはまだ「誕生日に楽屋が隣になったら、さすがにスルーってわけにはいかないよねぇ」と思っていた自分がいた。

しかし、これを上回るエピソードが、今度は櫻井くんの口から『夜会』で明かされた。

要約すると、

「2002年か2003年、麻布十番で焼き肉を食べた後、一人暮らしの村上の家に行ってナイナイの矢部さんのビデオを夜通し観た。」

 

ちょ、ちょっと待て。

2002年か2003年といえば、櫻井くんがバンビ*1やってる頃。

嵐はデビューして、関ジャニ∞はまだCDデビューしていない。

だけど、嵐はデビュー以降伸び悩み、関ジャニ∞は松竹座を満席に出来ずに悔しい思いをしていた時期。

そんな時期が2人にあったのか…。

胸アツだし、めっちゃ青春。。。

 

私の、交流していないイメージが一気に崩れ去った瞬間でもあった。

2018年、タイプの違う2人がなぜか近づき合う

この2人はMCの立ち位置が多い。

しかし櫻井くんは、タッキーとの夜会でNEWS ZEROが始まる前『中居くんのように芸人さんを回すような立ち位置のMCはできない』と思い、だけどキャスターならできるかもしれないと考えた」と言っていた。

一方の村上さんは、最近週刊誌で『ポスト中居』なんて言われるくらい、バラエティーのMCのイメージが強い。

 

でも、このところの櫻井くんは、報道番組のキャスターだけでなく、大型音楽番組の司会をこなし、さらにバラエティ番組のMCとして立ち回ることも多くなってきた。

そして村上さんは、レギュラーの音楽番組とNHKの音楽特番の司会に加え、27時間テレビや4月からの経済を扱ったラジオ番組のスタートと、歴史や時事を扱う番組のMCを務めるようになってきた。

何となく、この2人が近づいてきている感覚になるのは私だけだろうか。

 

2018年ジャニーズカウントダウンコンサート。

ついに地上波の生放送で村上さんのサクラップが披露された。

そして年男企画。

先輩の歌をちゃんと唄おうとする真面目な相葉ちゃんの横ではしゃぐ櫻井くんと村上さんを観ていたら、平和で楽しい世界に元旦から心が満たされた。

 

改めまして、

櫻井くん、村上さん、36歳のお誕生日おめでとうございます。

年男のお2人にとって実り多き1年になるのを、掛け持ちファンとして見守っていきます。