なーママふわ∞ポム日記

なーママふわ∞ポム日記

~KinKi Kids・嵐・関ジャニ∞を通じたあれこれをふわふわと綴るブログ~

ふるさと

※この記事は完全に自分語りで何の情報も得られない記事です。ご興味のある方のみお読みください※

 

私は、30歳を過ぎ、娘がまだ乳飲み子の頃に初めて東京に住むこととなった。

しかも、私の意志でなく夫の事情。

だから、私にとって東京は「他人(夫)によって無理やり連れてこられた場所」という感情が未だに消えない。

 

そのうえ、東京に来てから、これもまた夫の事情で2回の引っ越しを余儀なくされた。

乳児・未就学児を抱えながらの引っ越しは大変だが、我が家の場合は家で微動だにしない夫(“#うちのインティライミ”どころでない)、その大変さは何乗にも増える。

 

さらに、私は東京に来てから約半年後に再就職した。

当然、保育園の入所に育児休暇の理由は使えない。

引っ越ししたことも重なって、娘は卒園まで計5か所の保育園にお世話になった。

数年前に“保育園落ちた日本死ね”という言葉が世間をにぎわせたが、新しい無認可保育園に入るたびに発生する数万円の入園料と、約2年間月額10万円近い金額を払っていた私からすれば「お互いに見通しが甘かったね」と声をかけたい気持ちになった。

 

地方に住むジャニヲタの方から「東京に住んでいる方は、すぐにコンサートや番協に行けてうらやましい」という声を目にする。

おっしゃる通り、遠征費はかからないし、時間によっては仕事が終わったその足でコンサートに行くこともできる。

ジャニヲタ活動をするための時間とお金は圧倒的にかからない。

しかし、だ。

それ以外の日々の暮らしは大変きつい。

私は現在3路線を乗り継ぎ都心に出勤しているが、いずれも所謂“すし詰め路線”で、毎朝毎夕、自分の顔の前2cmのところに他人の肩か髪があり、自分の身体には誰かの肘かカバンが刺さり、かつ体が他人の身体により圧縮されているレベルの車内で、駅に到着するたびに誰かからタックルを受ける時間を過ごさなければならない。スマホを操作するなど到底できず、ワイヤレスイヤホンのありがたみを感じる日々だ*1。これで人身事故等で電車がストップすると、それはもう地獄絵図さながらだということは想像していただけるだろう。

保育園児や学童に通う子を持つ場合、決められた時間までに子どものお迎えに行かなければならない(時間を過ぎると、超過料金がかかるか、先生にお叱りを受けるかになる)ので、日々1分1秒を争う生活だ。

 

独身の方やご主人の理解と協力のある方にとって、東京はエキサイティングな街かもしれない。

しかし、私にとって東京は『他人に無理やり連れてこられた戦場』。

ジャニーズアイドルたちを眺めることは、そんな戦場でのささやかな癒しだ。

 

そして、娘が保育園を卒業する年が訪れた。

卒園式で保護者全員が歌を唄うことになった。

その歌は、嵐の『ふるさと』だった。

 

私は曲選定に加わっていなかったので、選ばれた経緯はわからない。

嵐ファンの端くれとして、もちろん知っている曲だったし、私は1人でテンションが高まり、たくさん練習した。

そして当日。

私は今でも保護者代表が述べた言葉を覚えている。

「この保育園が、この土地が、『ふるさと』としていつまでも子どもたちの心に残っていってほしい、そんな願いを込めてこの曲を選びました。」

私にとって東京は戦場。

しかし、生後間もなくから東京で暮らす娘にとって、ここは『ふるさと』になるかもしれないんだ。

そのとき初めて気づいたことだった。

 

娘が小学校に入学し、音楽会があった。

私は参加しなかったが、保護者有志の合唱曲が嵐の『ふるさと』だった。

やはり「この学校が、土地が、子どもたちの『ふるさと』になってほしい」との思いを込めて選曲されたと書いてあった。

  

嵐は、相葉ちゃんを除く4名が東京出身。

田舎の情景が浮かぶような『ふるさと』は、彼らからは感じない。

はずだ。

だけど、彼らの歌声から、メロディーから『ふるさと』を感じる。

この曲を聴けば、私が東京に来てからのあれこれが走馬灯のように駆け巡る。

初めて娘を保育園に預けた日、娘は泣き通しで声が枯れてしまっていたこと。

東日本大震災のとき、娘を迎えに行くためにヒールの靴で夜道を走ったこと。

その靴のまま娘を背中に背負い、1時間半かけて徒歩で帰宅したこと。

日を置くとすぐに中耳炎を発症する娘だったので、1年半週5日仕事が終わってから耳鼻科に通い詰めていたこと。

夫が午前2時に帰宅し、午前7時すぎに出勤する日々が数か月続いたこと。

私自身が、急性腎盂腎炎や低音障害型感音難聴を繰り返したこと。

いつのまにか娘が、保育園に楽しく通い、耳鼻科に通わなくなり、先生から卒業証書を受け取るまでに成長したこと。

 

そして娘は、この曲を「ママたちが歌った曲」と言う。

曲を流せば口ずさむ娘にとって『ふるさと』を感じる曲になっていっているように見える。

これは私の周囲に限ったことなのかもしれないが、『ふるさと』は徐々にいろんな場所で歌われるようになっていると思う。

(もしかしたら既に、かもしれないが)音楽の教科書に載る日も近いかもしれない。

 

これまで『ふるさと』は何回か紅白で歌われ、昨年の紅白でもこの曲は歌われた。

私はジーンと聴き入っていたのに、なぜか関ジャニ∞はシャツにもスーツにも柄の入ったカラフルで派手派手しい衣装を着させられていて「さすがにこの曲でその格好はないだろう」とツッコミを入れた(本人たちを責めているのではない)

もし今年も『ふるさと』が歌われ、そこに関ジャニ∞もいるなら、もう少し落ち着いた衣装の用意をスタッフにお願いしたい。

 

いよいよ明後日が大晦日。

嵐の好きな曲はたくさんあるけど、私にとって『ふるさと』は特別な曲。

今年も紅白で歌われることを願いながら、テレビの前で楽しみに待とうと思う。

 

皆様、よいお年をお迎えください。

*1:普通のイヤホンだと他人のカバンや服に絡まり、場合によってはちぎれてしまう