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なーママふわ∞ポム日記

~関ジャニ∞を中心に、時折KinKi Kidsや嵐のことをふわふわと綴るブログ~

81年度生まれ組の苦悩を垣間見た櫻井・有吉のTHE夜会

その他のジャニーズ 関ジャニ∞すばるさん 関ジャニ∞村上さん 関ジャニ∞横山さん

今日は録画番組を観ました。
私は関ジャニ∞の番組を優先して視聴しているので、その他の番組が溜まりがちです。

タッキーが出た夜会も、早く観たいと思いつつ、ずるずると今日まで来てしまいました。

今となっては「あー、やっぱり早く観とけば良かった(泣)」と後悔していますが、予想通りとても見応えのある内容だったので、今回書き記すことにしました。


Jr.黄金期のタッキーの輝きは、他のJr.と一線を画していました。
常にセンターで最前列で、人によっては気に障る言い方かもしれませんが、当時それほどジャニーズの知識がない人から見れば、その時のJr.は「タッキーとその他大勢」に見えていた人も少なくなかったと思います。

私は「西のすばる」派でした。
だから、タッキーが「ファンの人ですら敵に見えていた」と口にした時、すごくドキッとしました。
タッキーの言うとおり、私は「タッキーがいなければ関西ジャニーズJr.がもっと前に出られるのに」と、まるでタッキーを目の上のタンコブのように見ていた気がします。


タッキーはまた、先輩からも特別な目で見られていました。

以前、TOKIOの松岡くんがしゃべくり007での「ジャニーズ007」企画に出演した時、「ジャニーズで一番怖いのは?」という質問に、タッキーを選んでいました。
松兄は「どの後輩からも名前が挙がる」「Jr.の教育面を担っていて舞台もやり、しかも座長だ」という理由を挙げていました。

今回の夜会で、後輩の教育係を担っている理由はジャニーさんへの恩返しであることがわかりましたが、先輩ですら戦々恐々とするタッキーの、ジャニーさんへの尊敬の気持ちや責任感を感じました。


そして、あんなにキラキラしていたあの時代のタッキーは、同年度生まれのJr.がたくさんいたのに敵対視され、でも矢面に立っていかなければならなくて、本当はとても孤独だったんだな、と気づかされました。


以前、タッキーが「ブラマヨと愉快な仲間たち アツアツ」に出演した時の記事を書きました↓
na-mother.hatenablog.com
na-mother.hatenablog.com


この時も横山さん、すばるさん、村上さんとJr.時代に確執があったことを言っていました。
(一方で、年上組は長瀬くんゲストの時のいきなりドッチで「俺らが売れへんのタッキーが売れてるからやと思ってた」と言ってましたね。)

常にセンターなのに、翼翔組や三馬鹿という同年度のまとまりには入れてもらえず、後輩と一緒にいる立場になっていったのですね。


そして、その孤独は、すばるさんも同じだったのかもしれません。

タッキーは翼くんとユニットを結成し、
すばるさんは横山さんと村上さんのいる関ジャニに戻って、
それぞれの孤独感から解放されたのかもしれないですね。


いつか81年度組で集まった企画を見てみたいですね。
すばるさんが、昨年末のカウコンの企画でタッキーに会ったとき、やはり緊張したと言ってましたけど、嵐と関ジャニ∞の共演とはまた違った年上組が見られそうな気がします。
それぞれ個々にとても忙しいので実現は遠そうですけどね。


最後に余談ですが、
「嵐のデビューにタッキーが当然選ばれると思われていた」という場面で、嵐はもちろんタキツバ・斗真くん・山Pの宣材写真が使われていたのですが、関ジャニ∞の年上組のものは罪と夏仕様だったので、その3人だけやたら格好が派手だったのを見てちょっと吹き出してしまいました。