なーママふわ∞ポム日記

~KinKi Kids・嵐・関ジャニ∞を通じたあれこれをふわふわと綴るブログ~

櫻井翔と村上信五

櫻井翔:1982年1月25日生

村上信五:1982年1月26日生

同い年で誕生日1日違いのこの2人。

年男のこの2人について、誕生日記念に記事を書きます。

間違っているところがあればごめんなさい。

まず櫻井くんについて。

私がもし櫻井くんの母親だったら…

私は子を持つ親でもあるので、櫻井くんのことを考える時に親の立場から考えてしまうことがある。

 

櫻井くんは幼稚舎から大学まで慶応という生粋の慶応ボーイ。 

噂によると、慶応の幼稚舎は成績が良ければ入れるわけではないらしく、まずそれなりの家柄と両親の職業、資産状況が求められるらしい。つまり、親の状況+子どもの学力と素養が備わってはじめて入学が許されるとか。

そして、一般的に小学校のお受験では、母親のサポートが合格の必須条件と言われ、だから私立小学校に通う子どもの母親は専業主婦が多い傾向にあるとも聞く。

櫻井くんのご両親は共働きだったみたいだから、同じ学校に通う他の母親たちと比べてお母様は時間のやりくりが大変だっただろうな、と想像する。

 

そんな手塩にかけて育てられた櫻井くん。

たとえご両親がトップエリートを期待していなかったとしても、まさかアイドルの道へ進むとは、ご両親は夢にも思っていなかっただろう。

もし私に息子がいて、ある日突然「明日ジャニーズのオーディション受けに行くから」と言われたら、私は激しく動揺して「やめときなさい」と言ってしまうような気がする。

 

櫻井くんが入所した1995年当時のジャニーズアイドルは、高校に行くことすら難しく、中退を余儀なくされたり、そもそも通っていない子どもたちも多かった。

そのうえ、当時のジャニーズアイドルの寿命は短く、20代でグループを解散したり、あるいは事務所を辞めてしまうアイドルが多かった。

10代なんて、まだまだ人間として未熟な時期。

デビューの保証もなく、デビュー=成功とも限らない仕事、それがアイドル。

わずか14、15歳で、仕事か学歴か、どちらを選ぶか迫られるなんて、あまりに酷。

失敗を知らないからこそ自分の夢を選び、その世界からドロップアウトしてしまう。

そんな子どもたちの方が多いのかもしれない。

そんな刹那的な人生は、わが子には歩んでほしくない。

私ならこう思ってしまう。

 

名門私立小学校の父兄に対する私のイメージで櫻井くんのジャニーズ入りを妄想すると、

「櫻井さんとこのご長男、ジャニーズですって!」

「あらあら、一体どうなさったのかしらね~。お父様が立派な方だから、息子さんが反発されたのかしら。オホホホ~」

みたいな偏見のかたまりなのだけど(名門私立小学校にお子さんを通わせている父兄の方々、申し訳ありません)

もしかしたらご両親はそういう中傷を経験したかもしれない。

それでも、最終的には息子の意思を尊重したのだと思う。

櫻井翔ジャニーズ事務所を変えた 

櫻井くんが大学に入学した2000年頃、大卒のジャニーズアイドルは少なくともデビュー組にはいなかったように思う。

しかし、櫻井くんが大学進学を選んでから、それに続く後輩が多くなった。

少なくとも、ジャニーズで高卒がスタンダードになったと思う。

 

かつてジャニーズ事務所が学業よりタレント活動を優先せざるを得ないような仕事の入れ方をしていたことは、かなり問題だったと私は思っている。

その問題に対して、櫻井くんはアイドルという立場で自ら変革をもたらし、それが事務所に大きな変化をもたらした。

その功績は大きい。

 

しかも、櫻井くんは経済学部卒。

一般的に文系学部の中で最も留年の割合が高いと言われる学部を、櫻井くんはストレートの4年で卒業した。

後に櫻井くんは経済学部を選んだ理由について「あの学部は比較的ラクな方だよね、そりゃ嵐やりながらでも卒業できるよね、って言われたくなかったから」とインタビューで答えている。

嵐と関ジャニ∞の関係

かつて嵐と関ジャニ∞は度々因縁対決をしたりと、なぜか関ジャニ∞が嵐にメラメラと対抗心を燃やすパフォーマンスを繰り返していた。

実際のところはそうでもなく、嵐の風チーム(相葉・二宮・松本)は関ジャニ∞の年上組(横山・渋谷・村上、別名『三馬鹿』)+丸山さんと同期で、丸山さんを除くメンバーで合宿所生活を共にしていたことがあるし、その頃一緒に買い物に行ったりとごくありふれた男同士の付き合いをしていた。

そして大野くんは、かつて京都劇場で開催されていた『KYO TO KYO』で2年間座長を務め、当時関西Jr.だった関ジャニ∞のメンバーと一緒に出演した縁で、特に丸山さんとは、丸山さん曰く「家族みたい」とその存在を語るほどの間柄だ。

 

そんな嵐の4人と比べると、櫻井くんと関ジャニ∞の関係はイマイチ弱いように私には見えた。

共通点は、年上組と共に『8時だJ』に出演していたことだけど、櫻井くんは翼翔組のイメージが強く、三馬鹿と絡んでいた記憶が私にはあまり残っていない。

関ジャニ∞の一部のメンバーとはドラマで共演しているけど、ご飯に行ったとか、服をもらったとか、買い物行ったとか、そういうエピソードもあまり語られてこなかったように思う。

時を経て明かされる事実

だから、櫻井くんと村上さんが交流しているというイメージはなかった。

勝手にそう思い込んでいた。

 

だが、2016年2月のレコメンで衝撃の事実が明かされた。

「櫻井くんと村上さんが誕生日プレゼント交換」

私はリアルタイムでラジオを聴いていて、思わず声を上げた。

木箱に入ったういろうを楽屋に差し入れる村上さんと、『誕生日おめでとう 櫻井』と書かれた完璧なのし付きの贈り物をする櫻井くん。

でもこのときはまだ「誕生日に楽屋が隣になったら、さすがにスルーってわけにはいかないよねぇ」と思っていた自分がいた。

しかし、これを上回るエピソードが、今度は櫻井くんの口から『夜会』で明かされた。

要約すると、

「2002年か2003年、麻布十番で焼き肉を食べた後、一人暮らしの村上の家に行ってナイナイの矢部さんのビデオを夜通し観た。」

 

ちょ、ちょっと待て。

2002年か2003年といえば、櫻井くんがバンビ*1やってる頃。

嵐はデビューして、関ジャニ∞はまだCDデビューしていない。

だけど、嵐はデビュー以降伸び悩み、関ジャニ∞は松竹座を満席に出来ずに悔しい思いをしていた時期。

そんな時期が2人にあったのか…。

胸アツだし、めっちゃ青春。。。

 

私の、交流していないイメージが一気に崩れ去った瞬間でもあった。

2018年、タイプの違う2人がなぜか近づき合う

この2人はMCの立ち位置が多い。

しかし櫻井くんは、タッキーとの夜会でNEWS ZEROが始まる前『中居くんのように芸人さんを回すような立ち位置のMCはできない』と思い、だけどキャスターならできるかもしれないと考えた」と言っていた。

一方の村上さんは、最近週刊誌で『ポスト中居』なんて言われるくらい、バラエティーのMCのイメージが強い。

 

でも、このところの櫻井くんは、報道番組のキャスターだけでなく、大型音楽番組の司会をこなし、さらにバラエティ番組のMCとして立ち回ることも多くなってきた。

そして村上さんは、レギュラーの音楽番組とNHKの音楽特番の司会に加え、27時間テレビや4月からの経済を扱ったラジオ番組のスタートと、歴史や時事を扱う番組のMCを務めるようになってきた。

何となく、この2人が近づいてきている感覚になるのは私だけだろうか。

 

2018年ジャニーズカウントダウンコンサート。

ついに地上波の生放送で村上さんのサクラップが披露された。

そして年男企画。

先輩の歌をちゃんと唄おうとする真面目な相葉ちゃんの横ではしゃぐ櫻井くんと村上さんを観ていたら、平和で楽しい世界に元旦から心が満たされた。

 

改めまして、

櫻井くん、村上さん、36歳のお誕生日おめでとうございます。

年男のお2人にとって実り多き1年になるのを、掛け持ちファンとして見守っていきます。

2人の元ジャニーズファン

今日は嵐のコンサートの続き、ではない話を記事にします。

ジャニーズのファンクラブに入る前、私は2人の元ジャニーズファンに出会った。

1人目:Aさん

知人Aさんはアラカン

ジャニーズタレントのXくんを一途に応援していた。

Aさんは専業主婦で、ご主人は定年退職。のんびりと老後を過ごしていた。

金銭的にもそんなに困らないのだろう、CDがリリースされれば10枚単位で購入して友人に配り、コンサートがあれば何か所も遠征した。居住地の近くであれば友人を誘って参加し、遠方は1人だったが、遠征先で同じXくんファンとのオフ会にも参加していた。

そんなAさんに対し、ご主人は「もう諦めています」と苦笑していたけれど、理解はあったのだと思う。

 

このような生活を送っていたある日、AさんはXくんのファンを辞めた。

Aさんの辞めた理由は、致し方のない理由だと思う人もいれば、「貴女のXくんへの想いはそんなものか」と咎める人もいるだろう、というものだった。

まもなくAさんは、Xくんグッズのほとんどを処分してしまった。

2人目:Bさん

ママ友Bさんは、ジャニーズグループYの結成当初からの古参ファン。

Zくん担当だった。

Yがまだ小さな会場でコンサートをしていた時からBさんは多ステし、学生時代にはZくんが出演したドラマにエキストラとして参加したこともある。

アルバイト代のほとんどはYやZくんにつぎ込んだようなものと言っていい。

 

このような日々を数年過ごし、Bさんはある年のYのファンクラブを更新せず、現在に至っている。

Bさんにその理由を尋ねたが、明確な回答はなかった。

だから私の想像でしかないが、受験、進学、就職、恋愛など、おそらく他のことに興味が出て、それがジャニーズを上回ったのだと思う。

この2人を世間では、

ここまで読んだ多くの人の頭の中に、次の言葉が思い浮かんだだろう。 

そう、

『担降り』だ。

 

ジャニヲタのツイッターやブログで頻繁に見かける用語で、端的に言えば「ファンを辞める」という意味に使われる。

Bさんの答え 

Bさんからこの話を聞くことになったきっかけは、私がたまたまママさん同士の集まりの時に「実は、娘が最近嵐のコンサートに行きたいと言っていて、でもコンサートに行くためにはファンクラブに入らなきゃいけないから迷ってるの…」と何気なく話したときに、Bさんが「実は私、昔Yのファンをやっていてね…」と打ち明けてくれたのだ。

 

Bさんの話を聞く限り、BさんはYとZくんに相当情熱を注いでいたファンに思えた。

だからこそ浮かんだ疑問を、私はBさんにぶつけた。

「もう一度Yのファンクラブに入ろうと思わないの?」 

 

すると、Bさんは、

「ない、ない」

とあっけらかんと答えた。

 

そして、間髪入れずにこう続けた。

「っていうか、ファンやってた期間にYやZくんにつぎ込んだお金が戻ってこないかな~と思ってる。今から考えたら、あのお金でいろんなもの買えたな~とか、今こんなにお金に苦労しないで済んだのにな~、とか思うと、めちゃくちゃムダ金だったよ~」

と。

AさんとBさんの話を聞いて

AさんとBさんの話を聞いて、私はこう思った。

「娘も、そして私も、ジャニーズのファンクラブに入ったとしても、いつかこうなる日が訪れるのかもしれないな」と。

ジャニーズのファンクラブに入っても、もう更新は止めようと思う日が訪れるかもしれない。

そんな簡単なことを2人は私に教えてくれた。

私は、この2人のおかげで、とりあえず気軽にファンクラブに入ろう、と背中を押されたような気がする。

それとは裏腹に、私にもいずれ『担降り』の日がやって来るかもしれないことを、私はジャニーズのファンクラブに入る前に既に覚悟した。

ジャニーズ楽曲大賞

昨日<非公式>ジャニーズ楽曲大賞で、関ジャニ∞の『青春のすべて』が82位に選ばれた。

そのコメントの中に

「おそらく関ジャニ∞からの、担降りしたヲタクへ送る最後のラブソング。」という一文があった。

 

このコメントを読み、私が真っ先に思い出したのはAさんとBさんだった。

この2人がこの曲を聴くとどう思うのだろう、

このコメントと同じように思うのだろうか、

と。

 

同時に、

仮に私が、特に関ジャニ∞からの担降りを考えるその日がやってきたとき、

私はきっとこの曲を聴くだろうと思った。

その時の私がこの曲を聴いて、

いや、やはりこの人たちと一緒にもう少し生きていきたいと思うのか、

それとも生きる明日がひとつでなくなってしまうのか、

それはそのときが来ないと分からないけれど、

きっと何度も何度も噛みしめて涙しながら聴くことになるだろうとも思った。

 

このコメントに対し、

eighterさんを中心に否定的な意見が大量に噴出したこと、

その中のごく一部の方が辛らつな言葉を連ねて批判した結果、コメントをした当人がブログを通じて謝罪するという事態に発展したこと、

非常に残念だ。

 

絶対に、一生、自分が応援するジャニーズアイドルから担降りする日なんて来ない、と言い切れるだろうか?

CDの大量買い、多ステ、遠征、エキストラ参加までしていた熱心なファンが、既に担降りしているという現実を私は知っている。

だから、今の気持ちが未来永劫続くなんて、そんなことは口が裂けても言えない。

 

そしてそれは、

全ジャニーズファンにも言えるのではないだろうか。

今は順風満帆にヲタ活に励んでいるとしても、

恋愛、結婚、妊娠、出産、進学、卒業、就職、転職、病気、介護…挙げだしたらきりがないが、

人生が転換する場面で、ファンを続けられなくなるかもしれない。

それは誰にでもありえる人生の局面だ。

「応援しているアイドルを嫌になった」だけが理由でない『担降り』だってあるはずだ。

 

少なくとも、

Xくんのことを話している時、Aさんは目が輝いていた。

Bさんは「Yのコンサートのとき、Zくんが私の前でこんなファンサをしてくれてね、それでね…」と笑顔を浮かべながら私に当時のことを話してくれた。

そのとき私は、AさんとBさんにとっての青春の1ページを垣間見た気がした。

私にとっての『青春のすべて』

コメントした方にとって、『青春のすべて』は「担降りソング」だった。

しかし、私にとっては、

関ジャニ∞を応援し続けるかどうか迷いが生じた時に、

もしかしたら私から担降りを止めさせる一曲になるかもしれない。

 

いや、そうであってほしい。

そういう希望を託す曲、

それが『青春のすべて』だ。

 

コメントした方に、この場を借りて改めてお礼申し上げたい。

私が今まで持ち合わせていなかった視点を与えていただき、本当にありがとうございました。

投票された『青春のすべて』、これからも大切に聴いていきます。 

嵐ライヴツアー2017-2018『untitled』に参加して①

2017年11月17日札幌ドームから始まった嵐のドームツアー『untitled』が、2018年1月14日に無事最終公演を迎えました。

私が参加したのはもう1か月以上前になりますが、初めて経験したこともあったので、まだ記憶があるうちに書き留めておこうと思います。

当選メールは突然に*1

公演の約1週間前に送られてくる制作開放席申込案内メール。

これまでも送られてきたことはあったが、当選したことはなかった。

いつも通り「とりあえず申し込んでみるか~」というノリだったので、申し込んだことすら忘れていた。

 

我が家の木曜日は、19時からVS嵐を観て、終わったらすぐお風呂に入る。

この日もルーティーン通りお風呂に入り「さて娘を寝かせよう、その前に携帯見とこう」と、これもまたルーティーンだった。

すると、

「『ARASHI LIVE TOUR 2017-2018 「untitled」』制作開放席 当選メール」

と書かれた件名のメールを受信していた。

 

…は?

……詐欺…?

………そういえば、何日か前に申し込んだような……。

…………え?

……………マジ?

 

恐る恐るメールを開くと、

「厳正なる抽選の結果、お申込みいただいたチケットをご用意いたしました。」

「今すぐ保存(メール保護)を」

と書いてある。

宛名も私で間違いない。

 

…………………夢…か?

 

今回の嵐ドームツアーはデジチケだったので、当選メールに表示方法の案内が記されていた。

恐る恐るリンクのURLを開く。

…あった。

QRコードがあった。

間違いなくあった。

 

これを3回繰り返した(苦笑)

 

どうやら夢ではないらしい。

私は制作開放席に当選した。

 

ここまでの私の行動を訝しげに見ていた娘に、

「あの…さ、あ、嵐のコンサートに行けることになった…」と告げた。

すると娘は

「え?行けないって言ってたじゃん。」

制作開放席なんて宝くじに当たるようなものだと思っていたので、娘に話したこともないし、申し込んだことすら娘に話していなかった。

説明が面倒なので、親子席ではなく立ち見の席で、ステージの横だから観にくいところだけど、行けることになったと簡潔に話した。

今年は嵐のコンサートに行けないと諦めていた娘は、とても喜んだ。

 

こうして私は急遽参加できることになった。

はじめてのデジチケ

もう1つ、この歳にして初めて経験したのがデジチケ。

当日は携帯の充電100%にして家を出て、会場に着いて写真を撮ったりしたけれど、まだまだバッテリーは余裕だった。

入場も特に手間取らず、スムーズだった。

 

デジチケが嫌な方の理由は「席が入場するまでわからない」からなのだろうが、嵐以降にデビューしたグループやJr.コンサートには、今後はデジチケが順次採用されていくと思う。

これだけ高額転売チケットが社会問題化している以上、ジャニーズ事務所としても何ら対策しないというわけにはいかない。

それに、これまで高額転売チケットに手を出してきたのは、たとえごく一部であっても他ならぬファン自身。デジチケ採用に至る経緯には、私たち観客にも責任がある。

制作開放席とは

制作開放席は「一部の演出が見られない」との記載がある。

本当にその通り。

例えば、オープニングで「キャーーーーーっ!!!」という歓声が上がっても、制作開放席だけは「???出てきたの??」というざわつきだった。

そして、音楽や歌声が聴こえてようやく「あぁいるんだ」となり、メンバーがステージの前方に来てようやく目視できた。

今回嵐はかなり大きなパネルを正面スクリーンに採用していたらしいのだけど、全く知らずに帰宅し、後日WSを娘と見て初めて「こんなのがあったんだ」と知った。

 

一方、フロートの始点・終点になるから、メンバーとの距離はとても近い。

最前列になると3mもない距離かもしれない。

フロートに乗る彼らを長く見送り、フロートから降りる彼らを長く眺めることができるし、彼らのパフォーマンスはほとんど真横でしか見えないが、ステージが近いから彼らの細かい動きを肉眼で見られて、Jr.との絡みも見える。

ファンサ重視、あるいはJr.担を兼任している方には良席といえるかもしれない。

他のアラシックさんの意見

知り合いにもう何年も応援しているアラシックさんがいて、今回のコンサートに久しぶりに当選したと聞き、感想を聞いた。

「うーん。。。」

と言った後、

「DIGITALIANとかJaponismのような圧倒的な世界観が好きなんですよね…」

と仰っていた。

古くから嵐を見てきたファン方にとっては、少し物足りないという意見もあるかもしれない。

 

このように色んな感想があると思いますが、私もそのうちの1つですのでご了承ください。

相変わらずペンライトを使った演出はすごい

今回、ついに嵐のペンライトを買った。

結果、マストアイテムだと分かった。

このグッズがファンにもたらす嵐との一体感はすごい。

私が買ったペンライトがこの会場の1つの色として演出に参加しているのだと思うと、何だか嬉しくなった。

わずか3時間足らずのためにこの金額を出すのか…と躊躇していた自分が情けない。

もちろん特定のメンバーの色に変える演出もあるけれどそれだけでなく、音楽や歌詞・曲の世界観に合わせて光の演出が次々に変わるので、これを眺めるだけでも嵐のコンサートには価値があるなぁと改めて思わされた。

この2週間後に行った、うちわ・ペンライト自粛だったKinKi Kidsのコンサートとはある意味では逆の演出方法なのだけど、感動の目盛りは同じ。

光の演出には人の心を打つ不思議な魅力がある。

メインステージ≒ムービングステージ?

今回制作開放席で良かったと思ったのは、これが見られたことが大きい。

 

通常、ムービングステージはメインステージの前や横に取り付けられていて、そこに演者が移動した後に可動する。これまで私が見たのはこのスタイルだった。

今回の嵐のムービングステージはこれではなく、メインステージで踊っているまま徐々にステージが高くなって浮き上がり、そこから動き始めてバックステージまで行ってしまった。

伝わってます?私の語彙力じゃ伝わっていない気がする…。

つまり、メインステージにムービングステージが埋め込まれていて、それがバックステージまで行ったり帰ったりを繰り返していた。

私はステージ真横の席だったので、このステージの動きの一部始終が見えた。

かなり度肝を抜かれた。

巨大パネルといい、今回のムービングステージといい、ペンライトの使い方といい、とにかく嵐の演出は桁違いで、アイデアが特異だ。

MJはほとんど来なかったけど… 

娘は嵐という存在を知って以来、一貫してMJのファン。

昨年の『Are You Happy?』ライヴではご本人からファンサをいただき、娘のMJへの想いは揺らぎないものとなった。

 

今回の席にはMJは1回だけ目の前に来た。

スタンディングなので娘は大人に埋もれてしまい、残念ながらMJへのうちわのメッセージは届かなかった。

しかし公演後、娘は「いいの。MJの代わりに櫻井くんとニノがいっぱい来てくれたよ!」と明るい表情で言った。

確かに、特に櫻井くんはすごく手を振ってくれて、フロートを降りてからもこちらを振り返って何度も何度も手を振ってくれた。櫻井くんってこんなにファンサする人だったんだ…と私はちょっとビックリしてしまった。

嵐は5人ともファンサを他のメンバー任せにせず、できる限り多くの人・遠くの人に届くように懸命に手を振る。

その姿を見て、アイドルの鑑だなぁと改めて思った。

 

 

次回はセットリストの中から印象に残ったものを書きます。

*1:タイトルのチョイスが古いのはご勘弁を…(苦笑)

KinKi Kids CONCERT 20.2.21-Everything happens for a reason-に参加して③

KinKi Kidsコンサートの感想、6曲目からです。

⑥Time~⑦Harmony of December

イントロが壮大で、まさに今回のオーケストラとのコラボにピッタリの2曲。

ここでも私は歌詞を勝手に深読みし、舞台上の2人に当てはめてしまっていた。

【Time】

(1番サビ)

あの時から 今までの自分が変わって

あの時から 痛いくらい君を愛して

これからどんな事があってもずっと気持ち離れないよ

I'll believe you

(2番サビ)

あの時から 信じることの強さを知り

あの時から 怖れずに君を愛して

新しい世界へ歩いて行くんだ ずっとずっと一緒に

I'll believe you

 

Harmony of December

(1番Bメロ)

ふと気づけばいつも隣で笑ってる 僕の心に咲く花

(2番Bメロ)

君の願い事が叶うように僕は そっと守っていくんだ

MC②

ここでもたくさん喋っていたけど抜粋。

光一「こないだ嵐のコンサートに行ったんだけどね」

 「嵐って俺らより背が高いのに、こんなに(親指と人差し指の間に隙間を作って)小さくしか見えないの*1。あいつらであんな小さかったら、俺らならこんなだぜー。」

と、光一さんは自虐的に話した。

「こ、光一さんが、あ、嵐の、コ、コンサートに…」と私は1人で興奮していた。

KinKi Kidsから提案

20周年Partyで『Anniversary』を3万人の観客が一緒に歌った話題に。

その光景を、剛さんは「(直接でなく画面越しに見ても)言葉が出てこないくらい感動した。」と言った。

すると光一さんが「今から6万人で『せーのっ』って歌ってみない?」と提案。

光一さんは、剛さんにあの時の雰囲気を少しでも感じてもらいたい、と。

「皆さんでワンコーラスだけお願いします。」と光一さんが言うと、ピアノが伴奏を始めた。

⑧もう君以外愛せない

【観客が歌った1番の歌詞】

君が一瞬でも いなくなると 僕は不安になるのさ

君を一瞬でも 離さない 離したくない

もう君以外愛せない 他にどんな人が現れても

もう君以外愛せない 今ここに君と約束するよ

たとえこの世が滅びても 君と誓った愛は永遠だから

きっと2人は幸せさ ずっとね ずっとね 

曲名を告げられなくても、ピアノの伴奏で瞬時に『もう君以外愛せない』と分かって一緒に歌い出せる約6万人の観客、すごい(自画自賛)

もちろん私も歌った。

 

2番からはKinKi Kidsが引き継ぎ、確か2番の「またここで君と約束したよ」の『君』で剛さんが手を前(観客の方)に伸ばした。

これが、このコンサートで最大のファンサとなった。(※個人の感想です)

 

自分が歌い終わり、KinKi Kidsを眺めながら気づいた。

私「もう君以外愛せない」って歌ったよね…。

「君」ってKinKi Kidsのことよね?

いつの間にかKinKi kidsと約束してしまったし、永遠を誓ってしまったよ…。

掛け持ち…やめ…る…か…??(←極端すぎる)

 

一瞬そんな考えが頭をよぎったほど、このときは特別な空間だった。

何より、観客の歌を聴いていた剛さんの表情がとても印象的だった。

KinKi Kidsは中学生の頃から学業・友達・家族よりも仕事を優先し、同世代より何歩も先に大人になることを求められた青春時代を過ごした。そんな彼らは、年相応のあどけなさや少年っぽさを早々に捨ててしまった。

だけど、このとき剛さんが見せたのは、テレビでも見たことのないとても優しく温和な表情で、それはまるであどけない少年のような顔に私には見えた。

 

歌い終わって、剛さんは「会場に機材置いて3曲くらい収録してアルバムにしたい」と言い、

「なんやろ、泣けてもきますけど、すっごい幸せを感じた。」

と続けた。

応援している人から「幸せを感じた」と直接言われて、私も幸せだった。

 

そして、次に剛さんから出た言葉は、今でも声と表情がはっきりと思い出せる。 

「ありがとう。」

私にはそれが、仮面を被らず、嘘偽りのない、とても穏やかな関西弁のイントネーションでの「ありがとう。」に聞こえた。

ソロ前MC(剛)

「嘘言うてもしゃあないからホンマのこと言いますけど、

正直言って、無理はしてます。

だけどね、人生には無理してでも立ちたい場所ってあるじゃないですか。

無理をしてでも価値のあること、それ以上に得られるものがあるから。」

深く心に突き刺さった言葉だった。

光一ソロ ⑨ 暁~⑩SHOCK!~⑪愛の十字架~Promise 2U~

光一ソロだけはアンプを通したパフォーマンスになるので「剛くん、ここからは爆音になるから!」と宣言し、剛さんは避難。

 

ここで私が印象に残っているのは

「ボクは踊りたいので」

という言葉。

 

解釈次第では踊れないことへの不満ともとれる。

だけど、きっとそうではない。

 

剛さんに少しでも休憩時間を設けた方がいい。

「歌とダンスを見たいファン」もいる。

だけど、「剛くんのため」「ダンスを観たい方のため」では主体性はないし、言い訳にも聞こえる。

だから、主語に自分を据えたのだと私は思っている。

舞台『SHOCK』でアクシデントがあった時もそうだったけど、光一さんは責任を背負って適切な言葉を選ぶ人で、そこに私は惹かれる。

  

ところで、KinKi Kidsが出演した関ジャムで久保田利伸さんが「剛くんはファンク、光一くんはロック」と言っていた。

KinKi Kidsは、ソロになるとその通りの世界が会場に広がる。

  

まず、光一ソロ。

「フルオーケストラでやるなら、やってみたかった」『暁』。

後ろのスクリーンで紅葉を映し出し、オーケストラとともに壮大な世界観を作っていた。

ここまでとは打って変わり、光一さんはキレッキレのダンスを披露。

 

そして『SHOCK!』で一気に光一さんのロックな部分が爆発。

歌唱後、あの光一さんが「この歌キツイ!」と言うほど、激しく歌い、踊った。

確かこの曲でステージに炎が何度も上がっていたけど、オーケストラの方々にはレアな経験だったに違いない。

 

最後に『愛の十字架~Promise 2U~』。

KinKi Kidsは剛さんの歌唱力の方に注目されがちだが、

2017年は光一さんの魅力を再確認した年だった。

舞台『SHOCK』で培った力で、とにかく光一さんは激しく踊りながらしっかりと歌い、それを最後まで維持できる人。

そんな光一さんを堪能できる曲だった。

最後には花火が打ち上げられ、ソロ前まで東京ドームを包んでいた青のベールの雰囲気を一気に赤に変えた。 

剛ソロ ⑫PINK(ダンスのみ)~⑬これだけの日を跨いできたのだから

光一さんが変えた会場の赤のベールをそのまま引き継ぎ、剛ソロの開始。

『PINK』は、剛さんがパニック障害を患った時に作った曲。

今回は歌を封印し、ダンスパフォーマンスとピンク色の照明で表現していた。

私は今回双眼鏡を忘れてしまったのだけど、ここだけは双眼鏡でしっかり見ておくべきだった…と反省している。

 

そして、ENDLICHERI☆ENDLICHERI名義で作られ、剛さん本人も思い入れのある『これだけの日を跨いできたのだから』。

ところどころ歌詞を「愛」に変えていたのは、きっと剛さんのメッセージなのだろう。

オーケストラメドレー~⑭硝子の少年

オーケストラによる数曲のメドレーから14曲目『硝子の少年』のイントロへ、そしてKinKi Kids登場。

イントロの途中で甲高い「パン!」の音とともに大量の銀テープがアリーナに降り注いだ。

いつもの如く壮絶な銀テープ争いがアリーナ席で繰り広げているのを眼下で見て溜め息をつきながら、私は「今の音、剛さん大丈夫だったのかな?」と心配になった。

 

この音が原因なのかはわからないが、

硝子の少年以降、剛さんは片耳のヘッドフォンを外したり、険しい表情を浮かべたり、音が取りづらそうな表情を見せるようになった。

ボクの背中には羽根がある

この公演の2日前、NHK『SONGS』にKinKi Kidsが登場した。

この番組の中で、「本当に2人の声でしかKinKi Kidsの楽曲って成立しないんだなとも思ったんですよね」と言ったインタビュアーに対し、剛さんはこう答えた。

剛「2人ってなると、鳥でいう羽根やったりすると、両方に翼があることで飛んでいくから、やっぱり2人で歌うことの意味っていうのが、今仰ったようにとても僕は大きいと思っているから、だから1曲でもいいから会場に行きたかったです。」

私は東京ドームでこの曲を聴きながら、この言葉を思い出した。 

そして、この曲の

どんな辛い未来が来ても

二人だったら乗り切れるさ

 

ずっと君と生きてくんだね

ボクの背中には羽根がある

どんな夢もかなう気がする

この歌詞で涙腺が決壊したのは言うまでもない松本隆さんの歌詞は改めてすごいと思った)

⑯愛されるより 愛したい

2017年『THE MUSIC DAY』で2人が歌うはずだった未満都市のテーマソングを、ちゃんとファンの前で改めて歌ってくれたのが嬉しかった。

⑰DESTINY~⑱Secret Code~⑰DESTINY

この流れを考えた人、天才!

まさかもう一度『DESTINY』に戻ると思わなかった。

どちらもアッパーでジャジーな曲なので、オーケストラにとても合っていた。

DESTINYの歌詞「レーザービーム」に合わせ、客席に向かってレーザービームが出ていて、ここでもペンラなしの光の演出が効いていた。

⑲Family~ひとつになること~

光一「最後も2人の合作曲です」

 

この曲のリリース以降、KinKi Kidsは合作曲を作っていなかった。

2018年2月号『音楽と人』で、堂島孝平*2さんがこのことに触れている。

現在発売中の雑誌なので引用は控えるが、KinKi Kidsにとって合作曲は特別なものなのだと私は感じた。

『Topaz Love』が21年目のスタートを切る曲なら、

20周年を締めくくるのは『Family~ひとつになること~』がふさわしい。

そういうことだと私は解釈した。

~アンコール~⑳全部だきしめて

光一さんはアコギを持ち登場。

剛さんは、2つのことを同時に行うのがまだ難しいので歌に専念。

テレ東音楽祭で長瀬くんと光一さんが歌った曲も、こうやって2人のパフォーマンスで改めて示してくれた。

㉑Next to you

THE BEST通常盤収録で、2人が「難しい曲」と口をそろえた曲。

 

今回のツアータイトル『20.2.21』には「20周年から21周年へ、2人で歩んでいく」という意味が込められている。

この曲がTHE BESTに収録されることになった理由には、このツアータイトルの意味も関係があるのかもしれないと私は思う。

薄荷キャンディー

オーケストラとのコラボレーションコンサートの最後にふさわしい、イントロが美しい曲で締めくくられた。

竜巻みたいな時代に生きても

君となら

上手にやれるさ

この曲も松本隆さん作詞。

美しい音楽に乗せられる、美しい歌詞(詩)。

作詞家ってすごいな、紫綬褒章も納得だな、と思った。 

最後に、2人の美しいハモリが東京ドームに轟いた。

最後に

このコンサートが終わった直後、私はこう呟いた。

光一さんは最初のMCで「今回はライヴというより、コンサートと言う方がふさわしいかもしれません」 と言った。

私もそう思う。

3時間、とても厳かで尊くて美しい音楽を堪能した。

 

一方、本人たちのダンスが少ない=観客は歌にしっかり耳を傾けることになる。

東京ドームという巨大空間は、音響的には劣悪な空間で、今の剛さんにとって音が取りづらい。

それでも音程やリズムが外れることは許されないという、今のKinKi Kidsには厳しい条件でもあったと思う。

そんな条件を受け容れ、途中何度も苦しい表情を浮かべながら3時間近く歌声を維持した剛さんと、その剛さんに寄り添ったりリードしながら支え続けた光一さんの集中力は凄まじかった。

この条件、そして体調であっても、2人の生歌がCD音源を下回ることはない。

KinKi Kidsの意識の高さを改めて感じた。

 

また、剛さんが出演できなかった音楽番組で歌われた『全部だきしめて』『愛されるより 愛したい』『Anniversary』がセットリストに入っていたことが、心配をかけたファンへの2人からのお詫びのように思えた*3

 

私は勝手に一人で感極まって泣いていたけど、MCはいつも通り長くて笑いが絶えず、特に光一さんは「つよしくん」「つよしくん」「つよしくん」だったし、ついに「今日たーーのしっ!!」と言ってしまうほど(意識的になのかもしれないが)テンションが高めだった。

 

改めて、

KinKi Kidsデビュー20周年おめでとうございます。

そして私は『もう君以外愛せない』を一緒に歌い、約束し誓いましたので、これからもファンであり続けます。

今後ともよろしくお願いします。

 

 

以上、長々とまとまりのない感想になりましたが、最後までお読みくださりありがとうございました。

*1:関係者席から観た?

*2:堂島孝平さんがKinKi Kidsのバンドメンバーであるとは、関ジャニ∞で言うなら高橋優さん、嵐で言うなら星野源さんがバンドメンバーにいるような感じ。要するに、縁が深く、自身もアーティストとして一線で活躍するシンガーソングライターがバンドメンバーとして参加しているということは、何度考えてもすごい。

*3:『フラワー』は夏のイメージが強いので外されたのは仕方ない

普段使いコンサートグッズベスト3

しばらくKinKi Kidsコンサートの記事が続いたので、小休憩です。

 

正直に言いますが、私はコンサートグッズ全買いをしません。

正確に言うと、予算が回せません。

私はジャニーズ3グループの掛け持ち。

そして、コンサートや舞台などの現場には娘を連れて行かねばならないので、常にチケット代は2名分(今さらながら私って浪費家…)

そのため、コンサートグッズはかなり吟味して買います。

とはいえ、衝動的に買ってしまうものもあるのですが…。

 

そんなわけで、私が買った数少ないコンサートグッズの中からヘビロテしているもの上位3つを発表します。

第3位 2018-2022ダイアリー(KinKi Kids CONCERT 20.2.21)

昨年12月~今年1月のツアーで発売。

5年分ですが、大きさも厚さもハードカバーの本くらい。かつ、白で統一され聖書みたいなので、一見するとジャニーズのコンサートグッズとは思えない代物。

1年の始まりである1/1が"KOICHI'S BIRTHDAY"って、やっぱりおめでたい(2人の誕生日もすごくシンプルな表記です)。

表紙を開いてすぐに2人の写真があるので、毎日お顔を拝みながら簡単な一言日記をつけています。

私の勝手な思い込みですが、25周年までKinKi Kidsであることを約束してくれているようで嬉しくなります。

第2位 ポーチ(嵐 Are You Happy?)

一昨年11月~昨年1月のドームツアーで発売。

デニム生地に『Are You Happy?』の文字入り。

チャックの持ち手にもデニム地の取っ手がついていて子どもでも使いやすいので、こちらは娘にプレゼント。

携帯用ゲーム機が入るので、これで持ち運び、帰省の時には充電器やいくつかソフトもこの中に入れてしまえるオールインワン。

もちろんお友だちと遊ぶ時もこのポーチを持って行きますが、おそらく誰もコンサートグッズだと気づいていません(笑)

第1位 すばちょんマット(関ジャニ'sエイターテインメント)

一昨年11月~昨年1月のドームツアーで発売されたランチョンマットで、我が家ではダントツ1位で使っています。

そうです、朝と夕、1日に2回使います。

裏表で絵柄が異なり、片面にはすばる画伯による朝食らしき絵が描いてあるので、こちらは朝食用、

真ん中に文字の入っている面は夕食用としてとても重宝しています。

実は、こちらはブロ友さんにグッズを代行していただき、3枚お願いしたのですが、

今となっては最大購入可能枚数である5枚にしておけばよかった…と少し反省しているくらいです。

ですので、毎回欠かさず手入れし、変形や汚れがないよう大切に使っています。

(殿堂入り)ポーチ(関ジャニ'sエイターテインメント ジャム)

番外編的なものになります。

白地にジャムの絵柄が多数入ったこのポーチはクッションがしっかりしているので、私のバッグinバッグとして使用。

携帯電話やワイヤレスイヤホンなど壊れたら困るものと、ポケットティッシュや携帯用ウェットティッシュなどの必需品を入れています。

肌身離さず持ち歩いているという意味で、殿堂入りにさせていただきました。

 

さて、今年はどんなコンサートグッズが出てくるのでしょうか。楽しみです。

そして、皆さんも素敵なコンサートグッズと巡り合えますように!

KinKi Kids CONCERT 20.2.21-Everything happens for a reason-に参加して②

いよいよ今回はコンサートの内容編に入ります。

ですが、またも序盤で長くなってしまいました…。

のんびりお時間のある時にお読みいただけると幸いです。

 

※メモは全然取ってないし、記憶力も悪いので、完全な私の主観です。特にMCは何回もあったので、違う場面で言っていたかもしれません。何卒ご了承ください※

2017年THE MUSIC DAYをご覧になった方へ

KinKi Kidsをあまり知らない方でも、昨年のTHE MUSIC DAYは覚えているかもしれない。

愛されるより 愛したい』を、光一さん・相葉ちゃん・MJの3人で歌った時だ。

この後、光一さんはKinKi Kidsの『Anniversary』をピアノ伴奏で一人で歌った。

 

『Anniversary』はファン投票第2位*1に選ばれた、ファンにとっても大切な曲の一つだ。

実は、光一さんは2番を1人で歌った。

光一さんはその理由を「歌詞がしっくりくるなと思って」と答えた*2

その2番がこちら。

なんか不思議なんだ キミがボクを好きな

理由がわからないよ …そんなもんかな?

 

趣味や仕草だって 違っているけれど

最近、似てきた…と 友達(まわり)に言われる

 

嘘吐(つ)いて キミを泣かせたあの日

ただボクは黙ったまま 何も出来ず

 

キミがいるだけで ありふれた日々が

鮮やかに彩られ 愛が満ちていくよ

この気持ちだけは 忘れたくないから

何気ない今日と云う日が ボクらの記念日 

この曲は恋愛関係にあるカップルをイメージしているはず。

だが、作詞したSatomiさん*3には未来が見えていた…?と思えるほど、どうしてもKinKi Kidsの2人に当てはめてしまう。

 

さらに、光一さんはこの番組でKinKi Kidsのメンバーカラーである赤と青のストライプが入った衣装を着ていた。

本人としては用意されたものを着ただけなのだろうけど、ファンがそう解釈することは見越していただろう。

20周年Partyで、 

そして『Anniversary』は、20周年Partyの最後にも歌われた。

耳の状態を考慮し剛さんは中継出演だったので、3万人の観客が剛さんパートを任され、3万人+光一さんがこの曲を歌った。

陽がすっかり落ちた漆黒の横浜スタジアム全体が、剛さんのメンバーカラーである青の照明に包まれ、幻想的な雰囲気を纏っていた。

そんな中、全員で歌う『Anniversary』。

それは、とても特別な空間に見えた*4

剛さんは、この光景を中継先で見ていたという。

Overture→

そして2017年12月のコンサート。

オーケストラの演奏が始まると同時に、シースルーカーテン(透ける幕)に掲げられた曲のタイトルに照明が灯った。

代表曲数曲が、オーケストラの演奏によりクラシカルにアレンジされ、東京ドームに鳴り響く。

まだ本人が登場していないのに、Overture(序曲)を聴いただけで「20年って長くて短いな…」とジーンとし、目に涙が溜まった。

開演前、娘に「今日はたくさん泣く」と宣言してはいたけど、おそらく娘は「もう泣いてる…!!」と内心驚いただろう。

 

オーケストラによるメドレーで既に感極まった私は、どの曲がメドレーとして演奏されたのか記憶がない。

ただ、幕に掲げられた何十ものタイトルは、演奏とともに光の色を変えていたのに、いつの間にか1つだけがそこに残され、最後の1つもゆっくり上昇し幕から消えたと思った途端オーケストラが鳴り止み、ステージにスポットが当たった。

2人。

そしてアカペラの歌声が東京ドームに響き渡る。

星の数ほどいる 人の中でボクは

偶然、あの日出逢い

それは、最後に唯一幕に残された、1番の歌い出しが剛さんの曲。

『Anniversary』だった。

 

20周年イヤーに2人でたくさん歌うはずだったであろう『Anniversary』。

光一さんが1人で、そして3万人の観客と一緒に歌い守った『Anniversary』が、アニバーサリーイヤー最後のコンサートでようやく本来の姿になった。

…と考えたら涙腺は決壊した。

翌日目が腫れ上がるのがここで確定した。

 

このアカペラの時から剛さんは音が取りづらかったのだろう、(おそらく音響スタッフに対してなのだろうが)顔をしかめて手で下げる合図を送っていた。

決して本調子でない。

だけど、お世辞や贔屓目抜きで、左耳に困難を抱え、自分の歌声が頭の中に鳴り響くハンデを背負っているとは思えない歌声だった。

そして、二人の声がバンドサウンドとオーケストラの上に重なり、東京ドームにKinKi Kidsのハーモニーが轟いた。

それは厳かだった。

スワンソング~③青の時代

2曲目の『スワンソング』から男女混合のダンサーが登場。

その中にはふぉ~ゆ~もいた。

昨年12月25日のCDTVクリスマスSPでKinKi Kidsのバックを務めた4人組グループで、舞台『SHOCK』での光一さんとの共演も長く、背が高くてダンスもピカイチ。

今回剛さんはほぼ直立不動で歌い、光一さんもそれに合わせざるをえない部分も少なくなかったから、オーケストラの音楽ということも重なり、これまでのツアー以上にダンサーたちが舞台に華を添えていた。

光一さんがMCで、ふぉ~ゆ~の辰巳くんが別の舞台のため実質2日ほどしかリハーサルに参加できなかったと言っていたが、そんなハンデなど微塵も感じない圧巻のステージで、ふぉ~ゆ~の、KinKi Kidsのバックを務める責任感とプライドを垣間見た気がした。

 

2曲目『スワンソング』の2番Bメロにこんな歌詞がある。

聞いて私たち

生きてる重みは

自分で背負うの

手伝いはいらない

そして3曲目『青の時代』の2番Bメロ。

1人でいたあの頃 さびしい夜の月を浴びて

どんなに道がなくても 歩いてゆこう 

KinKi Kidsはオーケストラでアレンジしやすい曲を選曲したと思うのだが、

1曲目の『Anniversary』からこの2曲がオーケストラの音楽に乗っかって届けられると、歌詞にも意味があるように思えて涙が止む暇がなかった。

MC①

断片的にしか覚えていないので、抜粋。

光一「おかえりなさい!」剛「ただいま」

ファンの前に立つのは1年前のドームツアー以来、という会話から出た言葉。

剛さんの「た→だ↑い↓ま→」の発音が緩やかな関西弁で、うるっときた。 

剛「突発ビニールテープ?」

今月リリースの『Topaz Love』を「発売日決まってるの?」と(誰かに)聞く光一さん。

この公演の前日に放送された『堂本兄弟SP』の中でリリース決定が告知され、ファンは歓喜していたから、おそらく観客全員が「発売日決まってます…」とツッコミを入れたと思う(笑)

が、当の光一さんは「ま、こういうのはファンの方のほうが詳しいので」とバッサリ。

 

そんな話をしていると、

突然剛さんが「えっ!?誰っ!?」と大きめの声を上げた。

そして「ビニールテープ落ちてきた…」と。

どうやら、彼らの立つ真上から突然落ちてきたらしい。

ステージ上の2人は「突発ビニールテープやん!」と大盛り上がりだが、ビニールテープが落ちてきたのが見えていなかった57,000人の観客は、楽しそうなKinKi Kidsをただただ眺めるという温和な時間が流れたのであった。

④Topaz Love~⑤愛のかたまり

光一「ここからは共作曲を2曲お届けします」

 

4曲目の『Topaz Love』。

20周年Partyでその基礎が作られたこの曲は、KinKi Kids・ファンにとって『愛のかたまり』と肩を並べる大切な曲となるであろう。

この曲だけで1つの記事が書けるくらい私にとって熱量の高い曲なのでそれは改めるとして、

この曲、常に2人は「突発ラブ♪」と歌っているようにしか聴こえないので、相当この語感を気に入っているらしい。

昨年末のCDTVクリスマスSPでも披露されたし、おそらく今月いくつかの音楽番組に出演すると思うので、ぜひ聴いてみてください。

 

そして、もはやジャニーズのバイブル曲となりつつある皆さんご存知の5曲目『愛のかたまり』。

 

関ジャニ∞では、ヤンマー(安田&錦戸)と山田(丸山&安田)が歌ったことがあるはず(他もあったらごめんなさい)。

私は山田の方が好みだ。

山田はライヴ*5で歌ったからだと思うが、かなり細部にこだわっていた(と私は思っている)

まず、このステージの照明に青と赤が使われていた。これは、上述のとおりKinKi Kidsのメンバーカラーだ。

次に、2人の衣装も青(剛カラー)が丸山さん、赤(光一カラー)が安田さん、と分かれていた。

そして、丸山さんは主旋律(剛パート)を、安田さんはハモリ(光一パート)を、それぞれ歌った。

つまり、服の色と歌割りを完全にKinKi kidsと一致させていた。

私はここに、2人のKinKi Kidsへのリスペクトを感じた。

そして何より、この2人の声の親和性。

『愛のかたまり』最後の

最後の人に出逢えたよね 

はユニゾンになる。

関ジャムのKinKi Kids特集の時に、堂島孝平さんが「キンキの声が1人に聴こえるときがある」と話していた。

『愛のかたまり』の最後のユニゾンも同じで(というかここは歌詞から考えて意図的だと思う)KinKi Kidsが1人の声に聴こえる。

そして、山田の歌声も1人に聴こえるのだ。

もちろん、KinKi Kidsの歌声がマイナーなのに対し、山田は(安田さんが)メジャーなので、同じ曲でも違った雰囲気で聴こえるのだけど、おそらくKinKi Kids以外のジャニーズで『愛のかたまり』 を最も美しく歌える2人が丸山さんと安田さん*6だと私は思っている。

 

 

この辺りで私は思った。

泣かせる曲が出尽くしたのではないか、と。

それは甘かった…。

(次回に続く)

*1:KinKi Kidsの10周年を記念したベストアルバム『39』YOUR FAVORITE参照。ちなみに1位は『愛のかたまり』

*2:THE MUSIC DAYの2日後に放送されたZIP!のインタビュー

*3:中島美嘉さんの『雪の華』も手掛けている 

*4:The BEST KinKi Kidsの特典映像より。私は落選したので参加していない。

*5:2015年リサイタルツアー

*6:ジャニーズには優れた歌唱力を持つアイドルが多数いる。しかし、丸山さんが持つマイナーな歌声と、その歌声に最後で合わせてくる安田さんの力量を考えると『愛のかたまり』を歌わせたら右に出る者はいないという私見。

KinKi Kids CONCERT 20.2.21-Everything happens for a reason-に参加して①

2017年12月から2018年1月にかけ、東京ドーム・京セラドームの2会場で計4公演、KinKi Kidsツアーが行われ、私は東京公演初日(1公演目)に参加した。

2017年10月のドリフェスや12月のFNS歌謡祭などで剛さんは歌うことに復帰していたが、ファンの面前では7月のKinKi Kids 20周年Partyを中継出演して以来で、生出演としては1年ぶりとなった。

 

※今回は、事前に公式からアナウンスのあった2つのことを中心に書いており、曲の内容やセトリには触れていませんのでご注意ください※

事前アナウンスがジャニーズらしからぬ内容だった件

今回のKinKi Kidsのコンサートでは、次のようなアナウンスメールが公式から届いた。

  • うちわ・ペンライト自粛のお願い
  • オーケストラとのコラボレーション

うちわとペンライトはジャニーズ文化ともいえる必需品だ。

元々うちわについてはKinKi Kids、特に光一さんは否定的であったので、他のグループと比べると持っている割合は低い。(しかし、7月の20周年Partyではうちわがグッズ販売されていたこともあり、The BESTの特典映像では多くの観客が手にしていた。)

とはいえ、おそらくコンサートグッズの売上の中で大きな割合を占めているだろう。

KinKi Kidsはそれらを切り捨ててしまった。

ある意味革命的だ。他のグループではちょっと考えられない。

「なんでうちわとペンライトを自粛する必要が…?」という意見も見られた。

しかし、少なくともペンライトは全く不要な代物だったことを、私はコンサートが終わってから改めて知ることとなった。

うちわとペンライトのないジャニーズのコンサート

公式からのメールでは、うちわとペンライトは『自粛のお願い』だった。

だから、自分の意思を通し、掲げる人はいるだろうと私は思っていた。

いや、念のため持参した人も本当は少なくなかったのかもしれない。

しかし、私の見える範囲で、それらを掲げている人は1人もいなかった。

開演前の観客席だけを見ると、もはやジャニーズのコンサートとは思えない。

そして何より、コンサートに向かう際のカバンが軽い(笑)

冬のコンサートはアウターがかさばるので(私の場合は娘の分もある)、これは非常に助かった。

 

うちわもペンライトもない世界。

それは、ドームの中に『闇』を作る。

この闇を切り裂くのは、ステージから観客席に放たれる照明。

真っ暗な空間が、光の演出によってステージを厳かな舞台へと変えていく。

今回はフロートもムービングステージもない。

観客が見つめる場所はただ1か所。

だから、ステージはより一層輝き、観客席や天井を含めたドーム全体が闇と光による演出の1つとして機能している、そんな空間だった。

 

このコンサートの2週間前、私たち母娘は同じ会場で嵐のコンサートに行った。

嵐では、観客のペンライトが演出の1つとして機能する。

しかし、今回のKinKi Kidsのコンサートでは、ペンライトを止めることで舞台側からの照明の演出を最大限に活用した。

2017年12月、私たち母娘は、その意味で、真逆の方法でドームを彩る演出をした2つのグループのコンサートに参加したのだな、と思う。 

100人のオーケストラ

会場に入り、ステージを見ると、ステージ正面後方の最も高い段に大量の椅子が並べられ、打楽器が置かれているのに気づいた。

後で調べたところ、約100名のオーケストラを従えていたらしい。

その下の真ん中の段には、バンドメンバーのための場所が設けられている。

「今日は東京ドームで行われるクラシックコンサートに来た」と一瞬錯覚してしまうほどの規模だ。

だけど、舞台を包むシースルーカーテン(透ける幕、と言うべきなのか)には、KinKi Kidsのこれまでのシングル曲やファンに人気の曲のタイトルが掲げられていた。

間違いなく、KinKi Kidsのコンサートだ。

 

ちなみに、KinKi KidsのMCはものすごく長いことで有名だが、バンドメンバー同様、100人のオーケストラの方々もMC中舞台上で待機していた。

そのため、光一さんが「オーケストラの皆さん、これリハーサルじゃないんです、本番なんですよ~。20年これでやっております。」と通常営業のMCだった。

うちわ・ペンライト自粛を提案したのは… 

今回うちわ・ペンライト自粛を提案したのは光一さんだと、自らジャニーズwebのブログ(12/16付)で明かしている。

詳細はそちらをお読みいただくことを強くオススメするが、

差し障りない程度に一部抜粋すると、今回の音楽のコンセプト、及びそのコンセプトに対する自ら(これには個人とグループ両方が含まれると私は解釈している)への挑戦が理由だ。

一方、光一さんは月刊SONGS2018年1月号でのインタビューで述べているとおり、常にファンの目線も考えている。これは、2017年12月に放送されたNHKのSONGSでも語っていた*1

  

私の入った東京公演初日では「今後にかかわるから」という理由で、KinKi Kidsから観客に対し「座りたいか、立ちたいか?」という多数決がとられた。結果「座りたい」が多数派となり、以降は「座って聴いて」というアナウンスがMCでされたようだ。

うちわ・ペンライトなし、着席推奨(笑)の(ジャニーズアイドルの)コンサート。

しかも今回はフロートもムービングステージもなかったので、ジャニーズのコンサートに「ファンサ*2をもらう」「近くに来てもらう」「自担が来たらキャーキャー叫ぶ」「ノリノリでC/Rする」を求める人*3にとって非常に退屈なコンサートだったかもしれない。

しかしその分、KinKi Kidsの音楽にしっかり耳を傾けられた。

そして、一方的に提供されたエンターテインメントではなく、KinKi Kidsと観客が双方向のコンサートだった。

光一さんの月刊SONGS2018年1月号の言葉を借りると「ファンの求める視点を持ちつつ、それをあえていい意味で裏切る。」

その挑戦を、KinKi Kidsは20年以上続けているのだと感じた。

 

 

セトリや音楽の内容は、次回以降に書きます。

*1:剛さんが「(退院直後に予定されていた20周年Partyの舞台に立ったと仮定すると、観客の)歓声で自分の耳がどうなるかわからない」と打合せで言ったとき、光一さんは「それは、自分がお客さんの側に立った時に、楽しめないんじゃないかな、心配ばかりしちゃって(と思った)」と述べた。

*2:元々KinKi Kids、とりわけ光一さんにファンサという文字はない。

*3:そんな人はKinKi Kidsでなく他のグループを応援するような気もする。