なーママふわ∞ポム日記

~関ジャニ∞を中心に、時折KinKi Kidsや嵐のことをふわふわと綴るブログ~

錦戸亮さん、33歳のお誕生日おめでとうございます。

錦戸亮さん、33歳のお誕生日おめでとうございます!

錦戸亮さんの誕生日は11月3日。

11月3日は文化の日

国民の祝日にあたる日ですね。

 

そんなわけで、ちょっと堅苦しい話になりますが、

せっかくの機会なので、国民の祝日に関する法律を読んでみることにしました。

 

国民の祝日に関する法律の第1条は、

「自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞつて祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを「国民の祝日」と名づける。」とし、

第2条で、

11月3日を「自由と平和を愛し、文化をすすめる」国民の祝日と定めています。

 

「自由と平和を愛し」というワードが錦戸さんっぽいし、

「文化をすすめる」はまさに錦戸さんそのものだと私は思いました。

 

昨年12月に発売されたシングル『NOROSHI』に収録された『2016.10.25session movie』。

それが、NOROSHI発売の同じ月から始まった冬の五大ドームツアーで歌詞付きで披露され、翌1月に発売されたシングル『なぐりガキBEAT』に『Tokyoholic』というタイトルで収録されました。

この一連は、私にとっては衝撃でした。

ジャニーズアイドルグループが、一つの曲を自分たちでセッションしながら仕上げていく工程を見せたこと。

その曲に歌詞をつけ、ファンが集うライヴで先行披露したこと。

「関西のジャニーズ」という看板を背負う関ジャニ∞というグループが、自分たちでセッションし仕上げた曲を『Tokyoholic』と名付けたこと。

『2016.10.25session movie』として生み出されてまだ1年余りのこの曲が、既に関ジャニ∞の名曲の一つとなっていること。

32歳の錦戸さんは、まさに関ジャニ∞というグループの文化を劇的にすすめたな、と私は思っています。

 

33歳の錦戸さんは、

主演映画『羊の木』公開と、

大河ドラマ『西郷どん』出演という、

2つの大きな仕事が既に決まっています。

32歳の錦戸亮関ジャニ∞というグループの文化をすすめたのだから、

33歳の錦戸亮は「役者・錦戸亮」をすすめても何ら責められることではないと私は思います。

関ジャニ∞にとって、メンバーが大河ドラマの重要な役どころとして出演することは、プラスになることはあっても、マイナスになることはありません。

確かに、来年はグループとしての仕事が今年より少なくなるかもしれない。

でもそれは、CDデビュー15周年を迎える再来年以降の『関ジャニ∞』というグループに還元されていくことを私は確信しています。

 

忙しいことには慣れっこの錦戸さんだと思いますが、

関ジャニ∞というグループとして4本のレギュラー番組(しかもそのうち1本は大阪収録)を持ちながら大河ドラマの撮影に挑むのは、時間的・身体的にとても大変だろうと想像します。

ですが、それを経て個を磨き役者として一回り大きくなった「錦戸亮」と、決して『羊の木』や大河ドラマで見せない、関ジャニ∞のメンバーとしての変わらない「りょうちゃん」を、次のステージでまた見せて下さい。

そんな錦戸さんと、役者・錦戸亮の充実ぶりを心から喜ぶ6人のメンバーの顔と会話を見聞きできるのが、私にとって何よりの楽しみです。

 

33歳の錦戸亮さんも応援していきます。

96年組、特に『よこあい』と『ニノヒナ』が好きという話。

少し前にツイッターでフォロワーさんとお話ししていて、書きたくなった記事です。

CDデビューと入所年

私がジャニーズに注目し始めた時「面白いなぁ」と思ったことがあります。

それは、ジャニーズには『CDデビュー』と『入所年』という2つの物差しがあること。

この2つがややこしく、もはやネタともいえる有名な関係は、V6の岡田くんと嵐の大野くん。

同い年であるこの2人、実は入所年は大野くんの方が早いようですが、岡田くんは『元気が出るテレビ』のジャニーズ予備校に行っていたので、その辺りが曖昧。だけど、異例のスピードでV6としてデビューした岡田くんは、その辺りを知らない世間から「大野くんより先輩」と思われがちです。

神の96年組 

ジャニーズ入所年については、最近TOKIOカケルで年表が少しずつ作られています。

先日MJが出演した回で、長瀬くんが1996年入所のメンバーを『神の96年』と命名しました。

あぁ、ついにバレた

皆さんご存知かと思いますが、念のため。

1996年入所のメンバーは(漏れている人がいたらごめんなさい!)

生田斗真

松本潤

二宮和也

相葉雅紀

山下智久

渋谷すばる

丸山隆平

横山裕

村上信五

神セブンならぬ神ナイン。

1996年にこの9人をジャニーズに入所させたジャニーさんに感謝カンゲキ雨嵐でございます。

 

ジャニーズにとっての『同じ入所年』は、一般会社員の『同期』との関係に近いのかなと想像します。 

苦労や喜びを分かち合ったり、悩みを打ち明け合ったり、相手の出世を妬んだり。

そんな、青臭い時代を共に過ごした、かけがえのない存在。

96年組に限ったことではありませんが、私はジャニーズの『同じ年入所』の関係からそういうものを感じます。

 

そんな私なので、96年組同士のエピソードが特に大好きです。

 

【その1】MJと村上さんが一緒にご飯を食べた後、住む方向が違うのに一緒のタクシーに乗って話し続け、MJが先に降り、結局村上さんが全てのタクシー代(通常の倍くらいの値段)を払わされた(この話をした時に、村上さんがMJを「松潤」でなく「潤」と呼ぶところがまたいい)

 

【その2】昨年12月のFNS歌謡祭で関ジャニ∞と一緒に『キングオブ男!』を踊った斗真くんに、すばるさんが熱いメールを送ったこ(ステージ上では斗真くんとすばるさんはそんなに絡んでなかったのに、裏側ではそんなに熱いメールを…というところが泣ける)

 

【その3】古田新太さんが誰にも行き先を告げずに呑んでいたのに、その場所を探し当ててしまうMJと斗真くん(なのに斗真くんは古田さんに挨拶もせず先に帰ってしまうのが面白い)

 

【その4】Jr.時代に相葉ちゃんに服をあげたことを十数年後に本人に確認するすばるさん(身長差あるのにサイズは!?そして、その服が「多分実家にある」と答える相葉ちゃん、それは持ってないときに使う台詞…だけど、相葉ちゃんは本当にわざわざ実家に帰って探してそうだから許せる)

 

etc.、挙げだすときりがないので、今回はその中から特に私が好きな『よこあい』と『ニノヒナ』を取り上げます。

横山裕×相葉雅紀=よこあい 

この2人、もはや相思相愛であることを隠そうともしていません。

横山さんはジャニーズwebでも相葉ちゃんとのエピソードを披露していて、最近では相葉ちゃんから横山さんにan・anが写メで送られてきたことを明かしていました。相葉ちゃんも大倉さん同様、an・anを自腹購入したのでしょうね。

 

そして、今年の元日を相葉ちゃんの実家で過ごしたことも、横山さんから明かされました。

年末の紅白司会という大役を終えた後の相葉ちゃん。

年末の紅白とジャニーズカウントダウンを終え、翌日から博多でドームコンサートを控えた横山さん。

束の間の休日である元日に、相葉ちゃんの実家で過ごすことにした2人。

しかも、横山さんは大好きな弟を連れて。

何度も聞いても笑みがこぼれる素敵な話です。

 

私は今年横山さんの舞台を2回観に行き、そのうちの1回がちょうど相葉ちゃんが見学に来たときでした。

ちなみに、1回目では林遣都さんをお見かけしました。東海林先輩と中島先生…!!と一人で悶えていました。

舞台の感想の記事で、相葉ちゃんのことはチラッと触れただけに留めましたが、今回は少し付け加えます。

 

実は、BUNKAMURAに入る前に、入口付近でいかにも芸能人が乗っていそうなバン型の車が停まっていたので、娘と「今日は誰か芸能人が観に来ているかもしれないね~。」と話していました。見学席には我が家の坪倉さんがいたので、私はこのバンがてっきり坪倉さんが乗ってきたものだと思い込んでいました。そして、開演前の会場が暗くなった瞬間に誰かが見学席の方に入っていったのですが、どうもこれが相葉ちゃんだったようです。が、私はまさか相葉ちゃんとは思わず、舞台に集中していました。

そして、私は休憩時間に娘のトイレを済ませることに必死で携帯をずっとOFFにしていたので、結局舞台終了後に相葉ちゃんが見学に来たことを知ったのですが、あぁそうだったのか、と思った出来事がありました。

 

舞台の記事でも書きましたが、カーテンコールの時、横山さんが見学席の辺りを見た瞬間、「あっ」という表情の後、ニコッと優しく微笑んだんです。

後で調べると、相葉ちゃんが他のお客さんと同じようにスタンディングオベーションで拍手していたのを見た方がいらっしゃったようでした。

横山さんが舞台をしていた時期は、相葉ちゃんもちょうど『貴族探偵』の主役を務めていて、レギュラー番組に加えて連ドラ主演と、多忙を極めていた時期。

そして、1回目の時にお見かけした林遣都さんもそうでしたが、若い世代に人気のある有名人になると、本当は最後まで拍手を送りたいけれども、周囲のことを考えて少し前に退席する方がほとんどだと思うのですが、相葉ちゃんは本当にギリギリまでスタンディングオベーションしていたようです。

忙しいスケジュールの合間を縫って舞台を観に来てくれて、しかもギリギリまでスタンディングオベーションしてくれている相葉ちゃんを見て、横山さんは自然に表情が緩んだんだと、勝手な私の解釈ですが、そう思っています。

なぜなら、その横山さんの表情がフワッとしてすごく穏やかで、あまり横山さんがテレビで見せない表情だなぁと思ったからです。もしかしたらその一瞬だけ『きみちゃん』に戻ったのかもしれません。

二宮和也×村上信五=ニノヒナ

相思相愛を隠そうともしないよこあいと比べ、そもそも同じ年に入所したことすら知らない人が多いかもしれない関係なのがニノヒナ。

確かにこの2人、いろいろと正反対に私には見えます。

ゲーム大好きインドア派のニノと、フットサルとスキューバダイビング大好きアウトドア派の村上さん。

昼間に頼んだ出前を持ってきた人に「同じものを夜にも」とお願いするほど食べ物に執着しないニノと、今でもごはん屋さんの新規開拓を怠らない村上さん。

第39回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を獲得したニノと、「一番最近にやったのはハクション大魔王!」と自ら公言するほど最近演技の仕事をしていない村上さん。

この2人だけで一体何を…?と思ったら、①ニノの手品を見せられる村上さん、②ニノのギターを聴かされる村上さん、といった具合に、わりと村上さんが受け身なのが特徴的です。

 

だけど、どうなんでしょう、もうここからは私の妄想が暴走している解釈だと思って聞き流していただきたいのですが、

村上さんとニノの関係って、お互いに「仕事を通じて知り合ったのに、仕事の話をほとんどしない友人」関係に私には見えます。そして、この2人にはそういう関係の人があまりいなくて、お互いに唯一の相手に見えるというか。

 

村上さんにはヨコヒナ・松原.・三馬鹿・マルヒナ、ニノにはにのあい・末ズ・風チームという、同じ『神の96年組』の中に大切な人間関係が確かに存在しているのだけど、同時にそれらは仕事仲間でもあるので、それらを純粋な“友人関係”と呼べるかというと、私は呼べないような気がするんです。

そして、よこあいは、何となくですが「最近仕事はどう?」みたいな話を楽しそうにしているのが想像できる一方、ニノヒナに関してはそんな感じが全くしない。むしろ、会話すらあまりしていないような気すらしてしまうのです。

きっとよこあいのようにしょっちゅうご飯を食べに行く間柄ではないでしょうけど、ふとした時に「家行っていい?」と気兼ねなく気軽に言い合えて、会話がなくても2人でいるのが苦痛でない関係、それがニノヒナのように私には思えます。

 

ニノがアカデミー賞を獲ったとき、すぐにお祝いメールを送った村上さん。

そして、おそらく色んな方面の方々からたくさんのお祝いメールが届いていただろうに、ちゃんと村上さんに返事をしたニノ。

すぐさまニノに「俺もとりたい」と返す村上さんと、そのメールを無視するニノ。

そして、この話をちゃんとネタにしてしまう村上さん。

 

そんなドSなニノなのに、『月曜から夜ふかし』に出た時は、

「オフィシャルの村上さん、結構カッコいいよね?」

「コンサートで村上さんを見てる人たちがこの番組を見ると違和感があるのよ。ヒナがちょっと、おちょけにされている感じが。」

なんて、まるでファンの気持ちを見透かしたことを代弁してくれたりする。

やっぱり微笑ましい関係です。

親になって思うこと

そもそもこの2組、Jr.時代にヨコヒナが仕事のため上京していた時に、

横山さんは相葉ちゃんの実家へ、

村上さんはニノの実家へ、

それぞれ何度も泊めてもらっていたのは有名な話です(もちろん、村上さんが相葉ちゃんの実家へ、横山さんがニノの実家へ、の場合もあった様子)

 

今からこの話を聞けば「あぁ、そうなんだ~」と思いますが、

親となった今の私は「よく相葉ちゃんとニノの親御さんが、当時のヨコヒナを快く泊めてくれたなぁ」と思うのです。

なぜなら、当時のヨコヒナは茶髪かつ若さゆえのガツガツした関西弁で、「ヤンキー…?」と誤解されても致し方ない見た目でした。

そんな2人の大阪の少年を、決して色眼鏡で見ることなく、「泊まるお金、厳しいよね」と理解して快く何度も泊めるなんて、そう易々とできることではないと思うんです。

 

だから、きっとヨコヒナは、にのあいだけでなく親御さんにもすごくすごく感謝していて、今でも感謝の言葉を口にするんだろうなと思います。

そして、にのあいにとって、そんな時代を一緒に過ごしたヨコヒナは、たとえ嵐というグループがだんだん自分たちが想像する以上に大きなものになっていっても、一緒にバカになって笑い転げた時代にいつでも戻してくれる存在なんだろうな、と想像します。

 

そうですね、彼らは合宿所でも同居し、『よこあい』と『ニノヒナ』のセットでお風呂に入っていたんですものね。多感な時期に男2人で入浴って健全なような不健全なような…ですが(笑)、それがきっと彼ら同士の今の関係に繋がっているのでしょうね。

最後に、きっと叶わない願い

残念なのは、神の96年組がみんな主役級なので、交流の場が見られないこと。

なので、例えばジャニーズカウントダウンで『神の96年組 スペシャルパフォーマンス』をやってくれてもいいんですよ!

この9人、スタイルが良くてダンスが映える方が多いので、真面目で超絶カッコいい本気のダンス曲、例えば『Dye D?』*1はいかがでしょうか?

それとも、2年前の『グループを超えたユニット』企画、もう一度やってくれてもいいんですよ!

ただ、『よこあい』か『ニノヒナ』か、どちらに投票しようか迷うという贅沢な悩みが私には生じます。

 

これから年末に向かうことですし、いろいろと楽しみにしていますよ、ジャニーズ事務所さん!

*1:決してシンゴが熱中症で死ぬパターンの方ではない

『SMAP』を商標から考える

※はじめに※

この記事は私の主観・妄想・偏見による一意見にすぎず、私は特定の専門家でもありません。

以下を読んで少しでも不快になったり意見が合わないと思ったら、すぐに読むのをやめるのをおススメします。

以上をご了解のうえ、お読みいただければ幸いです。

SMAP独立報道を聞いたとき

2016年1月。

日本中を驚かせたSMAPメンバー独立の報道。

それを聞いたとき、私が真っ先に疑問に思ったこと。

それはSMAP』の商標だった。

 

素人なりに調べたら、こんな記事を見つけた。

www.bengo4.com

予想通り、、、というか当然だけど、ジャニーズ事務所は『SMAP』を商標登録していた。

商標とは 

昨年大ヒットした『PPAP』が、ピコ太郎に全く関係ない第三者によって商標登録申請されたニュース(詳細はこちら)。

riskzero.fareastpatent.com

この弁理士の見解によると、PPAPでは世間にその存在が広く知れ渡ってから第三者が商標登録出願したので、ピコ太郎側の不利にはならない可能性が高いとのことだ。

しかし、PPAPのようなケースはごく稀。ほとんどの場合商標は「早い者勝ち」だし、ジャニーズのグループ名も例外ではないだろう。

  

そう考えると、多くの企業にとって商標登録出願は博打と言えるかもしれない。

なぜなら、商標登録を出願するのは、そのほとんどが社外に公表される前(ジャニーズならCDデビュー前)で、商標の申請をしたもの(ジャニーズならグループ)がヒットする保証はどこにもない。商標登録出願されたものの多くは、世間に知られることなくひっそりと消えていくんだろう。それでも、企業としてはヒットしたときのことを考え、やはり出願しておこうとなるんだろうなと想像する。

 

実は、商標は何十もの区分に分けられていて、その区分ごとに商標を申請する仕組みになっている。つまり、区分ごとに費用がかかるので、全部の区分を登録する、なんてことは費用対効果を考えて普通はしない。さらに、この費用は特許庁に支払うので、弁理士への依頼は別途費用がかかる。

SMAPの場合、例えばかつお節は登録しているけれど、農業用機械器具は登録していない。確かに農業用機械器具にSMAPという名前は必要ないだろう。TOKIOならあり得るかもしれないが、どうも登録はしてなさそうだ。ちなみに、ジャニーズ事務所は『ト キ オ』の商標で運動用特殊衣服・運動用特殊靴の登録をしている。体操服一式でも作るつもりだったか、あるいは実際に作ったのだろうか。

この記事も非常に興味深かったので、お時間があればぜひ(早着替えがメリー副社長の実用新案だったことを初めて知った)。 

toyokeizai.net

独立組は『SMAP』商標問題をどう考えていたのか

商標についての説明が長くなってしまった。

客観的事実だけ挙げると、

①『SMAP』はジャニーさんが命名

ジャニーズ事務所が商標登録を出願(+ジャニーズ事務所が諸経費を支払っている)

この2点により、SMAP』というグループの名前はジャニーズ事務所のものだと、少なくとも法律的にはいえる。

したがって、一部のSMAPファンによる「SMAPを返して」という主張は、心情的にはとても理解できるが、理屈としては通っていないな、と私は思う。

 

この意見に対し不満を感じた方は、ちょっと視点をジャニーズ事務所から他の企業に変えて考えてみてほしい。

例えば、任天堂はかつてファミリーコンピュータ(通称ファミコン)というゲーム機を販売し、世界的に大ヒットさせた。ちなみに、『ファミリーコンピュータ』という名称は、当時の任天堂の開発責任者だった上村雅之氏によって名づけられたが、『ファミリーコンピュータ』の商標権を持っているのは、上村氏でなく任天堂だ。

任天堂は1983年に発売されたファミコンを今でも製造し続けているわけではなく、とっくに生産は終了している。本機は中古で買うしかなく、近年ではせいぜい有野課長ゲームセンターCXで挑戦する時に懐かしく眺めるという人がほとんどだっただろう。

しかし任天堂は、とっくに生産終了したファミコンの商標を手放すことはなく、実はひっそりとずっと更新し続けた。そしてついに昨年、ミニファミコンとして復刻版が発売された。

このことは、企業にとって商標がいかに重要な資産であるかを表している。

つまり、一度爆発的にヒットした商標を、企業はやすやすと引き渡すことはないということだ。

 

そしてこれは『SMAP』という商標にも同じことが言える。

メンバーがSMAPという名称を引き続き使用するためには、

ジャニーズ事務所から商標権を買い取る

ジャニーズ事務所に名前の使用料を支払う

実際にはこの2択しかなかったはずだ。

「これまでのSMAPの事務所への貢献度を考えたら、ジャニーズ事務所はその権利をメンバーに譲って当然」などと言う人は、もう一度先ほど例に挙げたファミコンを思い出してほしい。その主張は「任天堂が上村氏に無償で『ファミリーコンピュータ』の商標権を譲るべき」と主張するのとほとんど同じ意味である。

 

こんな話、おそらく業界では当たり前で、私のような素人でも調べられる簡単なことだ。まして、ジャニーズ事務所という権利関係の厳しい事務所の中にいて、かつ国民的アイドルグループであるSMAPチーフマネージャーだった飯島氏が知らないはずがない。また、詳しいことは分からないとしても、SMAPのメンバー自身も何となくわかっていたはずだ。

それなのに独立騒動が起きたことが、私には腑に落ちなかった。

商標権の譲渡や使用許諾に関する話し合いはあったのか 

こんな、最初から負け戦に等しい状況であることを分かっていながら、なぜSMAPや飯島氏は独立に踏み切ろうとしたのか。

当たり前だが、そんなこと当事者にしかわからない。なので、これから書くことは私の勝手な考察だ。

 

SMAPの商標はいくつかの区分で登録されており、本業である「演芸の上演、演劇の演出又は上演、音楽の演奏」の区分存続期間は平成37年(2025年)までとなっている。今が平成29年だから、あと8年はジャニーズ事務所のものということだ。

当然ジャニーズ事務所幹部はこのことを把握しているだろうから、まずはこの理由でメンバーを慰留しただろうが、メンバーや飯島氏は首を縦に振らなかったのだろう。

 

ジャニーズ事務所側には商標権の譲渡や使用許諾の話をするメリットはないので、仮に商標権に関する話し合いがあったとすれば、事務所を去る側からその申し出をするのが自然の流れだろう。 

ただし、商標権は名前の価値が高ければ高いほど当然取引価格も高くなり、中には100億円を超えるものもある。

riskzero.fareastpatent.com

ド素人の私の勝手な意見だが、

「『SMAP』の商標に100億円の価値がある」と言われても、私は驚かない。

だって、間違いなくジャニーズ事務所史上、いや日本の男性アイドル史上ナンバーワンの国民的アイドルグループだったから。

だから、仮に話し合いがあったとして、事務所側は一笑に付すか、話し合いに応じたとしても譲渡や使用に対して高額な価格を提示しただろう。これに関し、私は事務所が極悪非道とは思わない。むしろ、慰留の方法としてもビジネスとしてもよくある交渉術だ。何より、事務所にとってSMAPは大切な資産と言ったも同然である。

 

だが、果たしてこんな交渉を、SMAPのメンバーやチーフマネージャー業で忙しい飯島氏が事務所側と直接やっていたのだろうか。

それに、SMAPの商標価値の高さを考えると、仮にSMAP自身が相当稼いでいたとしても個人で支払える金額ではなく、スポンサーが必要だろう。

だから、仮にこのような交渉をしていたなら、事務所とSMAP側との間に第三者が介在していたと考えるのが自然だ。

 

この第三者が、事務所との契約を終了した3人を今もバックアップしているのかはわからない。

しかし、これだけは言える。

非常に厳しい言い方になるが、『SMAP』の商標権について、彼らを取り巻く第三者がどのような甘言を弄したかはわからないが、SMAPのメンバーや飯島氏の見通しは甘かったと言わざるを得ない。

だって、どう考えたって創業者が現役のジャニーズ事務所SMAPの商標を譲ったり使用を許可するなど考えられない。先例がないし、何ならジャニーズ事務所は今でも『光 GENJI』の商標権を更新し続けている。一筋縄ではいかないことは、内部の人間であればあるほどわかるはずだ。

 

キムタクは早い段階から「自分はジャニーズ事務所を出ない」と表明したと伝えられている。これが本当なら、彼は当事者でありながら、実に客観的に物事を把握していたといえる。そして何より、最もSMAPというグループにこだわったのはキムタクかもしれない。なぜなら、事務所に残ることは、SMAPというグループとして今後もCDをリリースし、コンサートを行っていくために最適な道だったからだ。

今でも3人は『SMAP』を手に入れようとしているのか

ここまで考えて、ふと気づいた。

果たして契約を終了した3人は、今でも『SMAP』を取り戻そうと思っているのだろうか?

もしかして、ある段階でそれを諦めたのではないだろうか?と。

 

これだと、わりと私の中では納得のいく説明がつく。

 

2016年8月14日、SMAPは同年12月末をもって解散することを発表した。

情報が錯綜しているので正しいことはわからないが、SMAP解散発表の前月にあたる2016年7月、契約を終了した3人の現在の所属事務所である㈱CULENが法務局に法人登記されたようだ。

つまり、SMAP×SMAPでの公開謝罪から半年後に、現在3人が所属する芸能事務所が設立されたことになる。

法人登記そのものは必要書類を揃えるだけのことだが、誰を社長に据え、誰を役員にするか、資本金や定款・株式はどうするなど、それまでに決めることや書面化することが結構ある。つまり、一日二日でできるようなものではない。

少なくとも、契約を終了した3人は、公開謝罪の後もジャニーズ事務所との契約終了に向けて淡々と準備を整えていたことになる。これに対して私は何とも思わない。仕事を辞めるときは、先の収入のことを考えて次の就職先を決めるのは当たり前。ただ感情に任せて辞めるような年齢でもないだろう。

しかし、SMAPの商標権を手に入れることは、公開謝罪の時点でほぼ不可能になったはずだ。遅くとも、さぁ会社を法人登記しますよ、という段階で『SMAP』の商標を諦め、ジャニーズ事務所に啖呵を切る準備は整ったのだろう。

 

3人が『SMAP』の商標を諦めたのは、SMAPがついにコンサートを行わず解散したことでも納得できる。

契約終了とはケンカ別れなのだから、ケンカ相手の用意した会場でコンサートを行うなど、3人には耐えられなかったのかもしれない。どうせ興行を行ったところで、その収益の行く先は憎きジャニーズ事務所である。その気持ちはよくわかる。

一方、仮に収益が憎きジャニーズ事務所へ流れようとも、彼ら5人のパフォーマンスを見たかったファンはたくさんいたはずで、今でもいるだろう。

自分の気持ちを押し殺してファンに最後の5人のパフォーマンスを見せるか、それとも自分の気持ちを大切にし二度とパフォーマンスしないか。

3人は後者を選んだ。

こう書くと「新しい事務所で5人全員がもう一度SMAPとしてパフォーマンスする」という選択肢があると主張する人がいるかもしれない。

はっきり言うが、それは絵に描いた餅だ。

何度でも言うが、たとえ5人全員がCULENに所属しても、どうしても商標の問題が生じる。つまり『SMAP』としてパフォーマンスすることはできないのだ。

芸能事務所とタレントの契約 

ところで、SMAPの独立騒動以来、芸能事務所ータレント間の契約に関するニュースを目にすることが多くなった。もしかしたら、この番組を視聴した方もいるかもしれない。

www.nhk.or.jp

私はこの番組を観ておらず、リンク先のページを読んだ感想になってしまうが、

この番組では、芸能人側の主張を説明する立場として紀藤弁護士を、事務所側としてタイタン社長である太田光代氏をゲストに招き、一応公平な番組構成となっている。

しかし、VTRの辺りを読むと、どうも「芸能人は不利な契約をさせられている」という方向に持っていきたそうな印象を受けた。

ちなみに紀藤弁護士は、SMAP独立騒動時点で下記ブログを書いていた。

blogos.com

欧米と日本の芸能界のシステムの違い

この番組のページを読んで『統一契約書』とは何か、気になったので調べた。

gendai.ismedia.jp

この記事は、NHKクローズアップ現代とは逆で、やや事務所寄りの文章だ。

 

例えば、「SMAPはアメリカでは生まれない」という部分。

上記の田崎氏の記事を引用すると、

素人の小中学生を集めて、歌とダンスの練習をさせて鍛え、選抜してグループを作り、さらに曲も用意する。こうしたビジネスは芸能プロダクションがなければ不可能 

事務所寄りの一文だが、事実として間違ってはいない。

欧米では基本的に、自力で演技力や歌唱力を磨き、オーディションなどを勝ち抜かなければ俳優や歌手、モデルにはなれない。

欧米では、生まれ持った才能があるか、自らレッスン費を捻出しなければスターへの道を開くことは困難であるようだ。

一方で日本の芸能界では、前述したように、たとえプロダクションに所属した時点では何の芸も持たない素人でも、その後のプロダクションによる「育成」次第でスターになれる。音事協の会員各社のみならず、日本の芸能プロダクションのビジネスは、すべてこうした前提に立っている。ジャニーズ事務所のビジネスモデルは、その最たるものだろう。

タレントや歌手、アーティストが物になるかどうかは、本人の実力だけでなくプロダクションの力量に負うところも大きい。それゆえに、サラリーマンのようにただ「辞めたいから」「移籍したいから」といった理由で、芸能人がプロダクションを離れることは難しいのだ。 

ここで改めて紀藤弁護士のブログを読むと、うーん、確かに現在の芸能界の問題点を指摘してはいるけど、事務所が投資したことに関しては触れられていない。紀藤弁護士の主張を採用すれば、芸能事務所が投資した分をタレント本人に請求する、という新たな問題が生まれる可能性があり、結局本質的な問題解決の糸口にはなっていないのではないかと私は思った。

芸能人が問題を起こした時の責任の所在 

この記者の続きの記事はこちら。

gendai.ismedia.jp

先日、俳優の小出恵介が未成年者と飲酒し、性的行為に及んでいたことが発覚した。これにより、小出出演のドラマは放映中止となり、再撮影となった作品も出てきた。その損害賠償請求額は総額10億円を超えるとされている。

こうした損害賠償を個人が引き受けることは実質不可能だ。また引き受けたとしてもその個人が自己破産してしまえば、それ以上の追及は不可能となり、取引先が大きな損害を被ることになる(注・アミューズ音事協加盟社ではないため、実際に同社と小出の間でどのような契約が結ばれているのかは不明)。

これは大変重要な視点で、私は過去の出来事を思い出した。

 

2001年8月、稲垣吾郎さんが道交法違反、公務執行妨害、及び傷害の容疑で現行犯逮捕された。この日の翌日、SMAPはドーム公演を控えていたが、彼は出演できず、さらに5か月間芸能活動を自粛することになった。

当時、男性アイドルは低迷期で、ジャニーズの中でSMAPだけが勝ち組といえる状況だったと私は思う。コンサートとSMAP×SMAPは他のメンバー4人で乗り切ったとしても、人気絶頂期だったことを考えると、もしかすると彼には内定していたお芝居の仕事があったかもしれない。この場合、ジャニーズ事務所がその埋め合わせをしたということになるのだろう。

(脱線するが)稲垣さんの公務執行妨害について 

ところで、この公務執行妨害事件に関し私が一番驚いたのは、彼が起訴猶予処分だったことだ。

 

私は学生時代に裁判の傍聴に行ったことがあり、その時傍聴した事件がこれと酷似していた。それは、非常に軽微な交通違反で警官に止められた被告が、誤って原付を発進させてしまい、警官に全治1週間のケガを負わせてしまった、というもの。稲垣さんの事件との違いは、車と原付の違いくらいしかない。

この事件では、ハタチになったばかりくらいの年齢の被告が起訴され、公開裁判となり、最後に懲役1年6か月執行猶予3年の判決を受けた。当時学生だった私は、全治1週間のケガなんて、警察に相談しても普通は相手にもされず事件として受理すらしてもらえないのに、公務執行妨害ってなんて重い罪なんだろうと震えあがった。弁護士の中には公務執行妨害に対する刑罰が不当に重いと異を唱える人もいて、稲垣吾郎さんも見せしめだ、という主張もあったが、少なくとも私に対しては、抑止力として見せしめが成功している。

 

参考までに、警官がケガをしていない場合は、不起訴で済む場合もあるらしい(下記記事の最後辺りに記載)。

www.bengo4.com

しかし、稲垣さんの場合、警官は(一応)ケガをしていて、傷害罪の容疑も含まれていたので、当然起訴されるだろうと私は思った。

ところが、彼は起訴猶予だった。

ジャニーズに関する知識に乏しかった当時の私は「ジャニーズ事務所って検察にも手を回せるんだ!」と別の意味でまた震えあがった。

でも、ジャニーズ事務所のことを多少知っている今ならこう思う。

SMAPチーフマネージャーとして現場で働く飯島氏が、テレビ局などのメディアに圧力をかける力は持っているとしても、警察や検察に通じるような人脈を(少なくとも当時は)持っていたとは思えない。

そんな人脈を持っているのは、事務所幹部、はっきり言えばおそらくメリー副社長だ。

当時筆頭稼ぎ頭であったSMAPの一員である稲垣さんの傷がつかないよう、メリー副社長が人脈を使って何とか起訴猶予まで持ち込んだんだと今なら思う。

もちろんメリー副社長には「SMAPが仕事をしてくれなければ困る」という下心はあっただろうけど、当時の稲垣さんや飯島氏だけの力では起訴猶予処分になるのは難しかったのではないかと想像する。

ジャニーズ事務所は奴隷契約なのか

ジャニーズ事務所音事協に加盟しているのか、統一契約書を使っているか、私は知らない。しかし、一から専門家に依頼して専属マネジメント契約書を作ったとも考えづらいので、おそらくかなり似たものが使われていると思う。

 

確かに、芸能界では契約を解除もしくは終了させたタレントに対する妨害はあるのだろう。

しかし日本では、タレント自身、もしくはタレント自らが雇った営業担当が、メディアからの仕事を受注するのはごくレアケースで、多くは芸能事務所が受注する。したがって、タレントと芸能事務所との間でマネジメント契約が終了すれば、その仕事は、受注した芸能事務所の、別のタレントが引き継ぐ。このことは、一般企業で考えれば「担当者が退職したので、○○が引き継ぎます。」と同じで、ごく普通によく見かける光景だ。

もちろん日本のタレントと芸能事務所の間に労働関係はないから、一般企業と同じに考えることはできない。ただ、SMAP独立騒動以降「ジャニーズ事務所は諸悪の根源」的な文章を次から次へと見かけるようになった。もちろんそういう部分があることは否定しないが、本当にジャニーズ事務所だけが突出して極悪な事務所なのだろうか?

ちょっと難しい話になるが、競業避止義務を課す一般企業だってある。それは許されて、ジャニーズ事務所が許されないのはなぜだろうか?

 

ジャニーズ事務所は情報統制していると言われるけれど、アンチジャニーズもまたこのところ情報操作されている気がしてならない。

3人の出発記事を見て

2017年9月22日。

9月22日は関ジャニ∞のファンにとって大切な日だが、そのことをとやかく言うつもりはない。

契約を終了した3人は新しいサイトを立ち上げた。

 

SMAPファン、とりわけ独立を支持する3人のファンは歓喜に湧いた。

ファンクラブには申込が殺到した。

ヤフーには次々と彼らに関する記事がアップされ、ヤフコメは応援コメントであふれている。

彼らに関する検索をかければ、彼らを称賛する記事ばかりがトップに躍り出る。

 

この光景を見て、私はペルソナ5を思い出した。

私のブログの更新頻度が極端に少なくなった一因でもある。

 

ファンクラブの会員数がまもなく10万に到達するらしい。

10万はとても多い数だ。

だが、SMAPのFC会員数は100万を超えていた。

途中で失効しているものもあるだろうから、半分失効しているとして、50万が実数。

その数から考えると、5分の1しか登録していない。

クレジット決済だから申し込めない人も多いという。

それが40万人もいるのだろうか。ちょっと考えづらい。

 

突貫で作ったにしては出来すぎたサイト。

キャッチーな言葉の羅列。

まるでSEOを操作しているかのようなGoogle検索。

 

彼らは暗にSMAPを感じさせる記号を用いた。

それは、常に付きまとった『SMAP』の商標問題をかわすためだ。

彼らは絶対に「新しい地図」としか言わないだろう。

彼らが暗に込めた意味を口にするのは許されないが、ファンが口にするのは勝手だ。

それがファンによって拡散され、定着されることまで見込んでやっている。

誰の入れ知恵かは知らないが、SNSを利用した、実によく練られた戦術だ。

 

SMAP』という名前を、グループを、存在し機能させ続けるために、自分を殺して事務所に残った方がいいと判断した2人。

SMAP』という名前を諦めざるを得ない立場の3人が、商標問題ギリギリのところでSMAPという名前を存在させようとしていること。

どっちが正しいと言いたいわけじゃない。

ただ一つ願う。

どうか悪い大人に利用されないでほしい。

ジャニーズ事務所は、超のつく過保護な事務所だ。

肖像権とか、週刊誌のスクープネタ潰すとか、テレビ局に圧力かけるとか。

それはまるで、学校に「うちの子の写真を載せないで!」「うちの子を悪く言うな!」「うちの子を前に出せ!」と主張するモンスターペアレンツのようでもある。

そのことは、時に所属タレントを窮屈にさせ、肩身の狭い思いをさせることもあるだろう。

だけど、我慢がいっぱいいっぱいあった分、守られていたところもあったと思う。

たとえ飯島派だったとしても。

 

そんなことはもう二度とないだろうけど、

仮にまた意図せず警察に捕まるようなことがあったとして、

今度は起訴猶予まで持ち込めるだろうか。

そんな人脈が揃っているだろうか。

 

もう『SMAP』という商標は、ただのグループを表す文字でなくて、これを使ったビジネスとして歩き始めてしまった。

今年の9月22日、私はそんな風に思い、寂しくなった。 

最後に、私の考え

私は、ジャニーズ事務所は同族会社の典型だと思っている。社長が身内をかばう→血縁のない社員が退職、なんて、あまりにありふれていて聞き飽きた話だ。

ジャニーさんもメリー副社長も、現役でお元気だから見落としがちだけど、2人とも90歳前後の戦前生まれだ。それほどのお年寄りが若い人の話に耳を傾けるだろうか?そんなお年寄りの方が奇特で、話は聞いてもらえないものだと思った方がいいくらいだ。

飯島氏は血の濃さに負けた。能力の問題でない。

 

ジャニーズ事務所は、社長が男性で、所属タレントも男性。

しかし、SMAPの独立問題には、どうも女性同士の醜い争いが根底にあって、それに所属タレントが巻き込まれているような気がしてしまった。

そして、3人の新しいサイトを見て、少なくとも彼らはしばらくジャニーズ事務所所属のタレントと関わることはないのだと寂しくなった。

何より、このサイトに対しては、3人の思いよりも飯島氏の怨念を私は感じた。

 

このところ、私の頭の中には、関ジャニ∞の『奇跡の人』のこのフレーズが流れる。

プライド剥き出しそのくせ下品

(略)

自分にだけしか興味はないし

平気で嘘つく誰でもため口

朝から晩まで人の悪口

利己主義恥じない人だらけ

私はこの部分、さださんは若い子だけを指してるんじゃなくて、女性全般に対して言ってるんだと思っている。ある意味、若い女性には「こんなおばさんにならないでね」という、さださんなりの警鐘にも読める。皮肉にも、これを歌っているのはジャニーズ事務所のグループだ。

 

契約を終了した3人には、ジャニーズ事務所ではできなかったことを思う存分やってほしい。

40歳を過ぎて新しいことに挑戦しようとするのって結構ハードルが高いと思うのだけど、そうしたくて旧態依然としたジャニーズ事務所を出たのだから、過保護な家庭に育った子どもが家を出て一人暮らしを許されたかのように、めっちゃはじけていっぱい失敗して、たくさん楽しめるといいな、と思う。

そして、3人を取り巻く人たちには、そんな楽しめる場所を純粋に彼らに提供してほしいな、と願う。ビジネスや私怨として利用するなら、ジャニーズ事務所の幹部とやってることは変わらないよ、と、別にSMAPファンではないが、最後に勝手に釘を刺しておく。

 

渋谷すばるさん、36歳のお誕生日おめでとうございます&関ジャニ∞さん、デビュー13周年おめでとうございます

渋谷すばるさん、36歳のお誕生日おめでとうございます!

渋谷すばる、36歳。年男。

もうね、この事実が信じがたいですね。

皆さんの身の回りの36歳男性を思い出してください。

ほらね、信じられないでしょ(笑)

だけど、ご本人はオッサン化しつつある36歳の渋谷すばるを楽しんでいるようですね。

 

以前どこかで、当時『昴』の漢字使用が認められておらず、それでもどうしてもすばるさんのお母様が諦められなかった結果、ひらがなで『すばる』と名付けられた、と読んだような記憶があります。

すばるさんがこの世に生まれてから36年経った今でもひらがなだけの名前のお子さんは珍しく、特に男の子は私も会ったことがありません。もしかしたら、成長するにつれ、そのことで嫌な思いをしたこともあるかもしれません。ですが、やっぱり「すばる」って印象に残る名前ですね。うちの母は「横山くん」「村上くん」などとメンバーを呼びますが、すばるさんだけは「渋谷すばるくん」とフルネームで呼びます。すごくわかる。ドーンと視覚的に目に入ってくる名前なのです。

 

話が逸れますが、私は今、定期的に訪れる「もう一度ハワイ島に行きたい病」にかかっていて、ハワイ島の旅行雑誌を眺めてはため息をつく毎日を過ごしています。

ワイ島にはマウナケアという富士山よりも高い山があり、世界で最も天体観測に適した地と言う人もいるほどで、山頂には世界13か国の天文台が設置されています。

この13か国の中には日本の天文台が含まれており、そこには『すばる望遠鏡』があります(英語で"Subaru Telescope")。すばるさんが生まれた時にはこの望遠鏡はなく、1991年に公募によって「すばる」という名前がつけられました。お母様の先見の明、すごいですね。さすがは渋谷すばるの母。英語でも"Subaru"で通じてしまう名前をつけるなんて。「すばる望遠鏡は日本の誇れる技術の結晶」という文章を読むと、私は「すばるは関ジャニ∞の誇れる歌唱力のボーカル」と勝手に変換してしまう、実に危ない脳になってしまっています(笑)

 

Music Magazineにすばるさんが語った「今の絶頂が続かない」という、自分自身とグループを戒める言葉。それを読み、私はホッとしました。関ジャニ∞の音楽部門の先頭を走るすばるさんは、とても冷静に今の状況を捉えているのだな、と。

マウナケア山頂に立つすばる天文台が、4200メートルの山頂からさらにはるか遠くの宇宙を観察し続けているように、すばるさんはいつまでも「自分らはまだまだ」「てっぺん目指して」と言いながらはるかはるか上に手を伸ばし続けるのでしょうね。その指先の向こう側の景色を、これからも私たちファンに見せ続けて下さい。

 

 

そして、

関ジャニ∞さん、全国デビュー13周年おめでとうございます!

先日のMステウルトラフェスで、関ジャニ∞が「大人の魅力」と紹介されていました。

1年前との決定的な違い、それは「関ジャニ∞も事務所の看板を背負う立場になった」ことではないでしょうか。

 

昔、関ジャニ∞が『新堂本兄弟』に出演した時、光一さんが関ジャニ∞に対しこう言いました。

「君らすごいね。『関ジャニ∞』だよ。ジャニーさんの名前をもらってるんだからね。これ、すごいことだよ。」

このときKinKi Kidsの番組にゲスト出演した関ジャニ∞が、先日はKinKi Kidsを自分たちの番組にゲストで招き、10月からはついにグループとして週4本のレギュラー番組を持つこととなりました。

 

この1年、新しく始まったモンハンアニメの主題歌起用から始まり、各テレビ局とコラボしたコンサートでのキッズダンサー企画、1年の間に2度の5大ドームツアー、プレミアムフライデーナビゲーター就任、METROCK出演、映画『スパイダーマンホームカミング』日本語吹替版主題歌担当など、レギュラー番組とは別に、グループでこれだけの仕事をこなしてきた関ジャニ∞。その分、責任の重さはこれまでの比ではなかったことでしょう。ジャニーさんの名前を与えられた初めてのグループであることの意味が、改めて示された1年だったのではないでしょうか。

 

すばるさんが言うように、これからの1年は同じようにはならないでしょう。一方、責任はどんどん重くなってつらいことが多くなるかもしれません。

私には何もできませんが、一つだけ関ジャニ∞にメッセージを送れるとすれば。

 

関ジャニ∞を眺めているだけで楽しいので、難しく考えすぎないでください。」

 

今日からの1年も、そっと日々眺めさせてくださいね。

安田章大さん、33歳のお誕生日おめでとうございます

安田章大さん、33歳のお誕生日おめでとうございます。

ここからは、32歳の安田さんを私の独断と偏見で勝手に振り返ります。

アニメ・モンハン試写会

私が初めて画面を通さない生の安田さんを見たのは、アニメ・モンハン試写会。

安田さんが32歳になって約半月後の頃です。

もちろん他のメンバーもこのとき初めて直接見たので、その興奮はこれまで経験したことのないものでしたが、特に安田さんは写真撮影時や退場時の観客への心配りがとても素晴らしく、キラキラしたアイドルというだけでなく、きちんとした等身大の32歳社会人男性だな、とも思いました。それまで私の中で勝手に作られたアイドルへの偏見を完全に覆し、関ジャニ∞というグループから目が離せなくなった根本となったような気がします。

舞台『俺節

私は幸運にも舞台『俺節』を二度観劇する機会に恵まれました。初回は東京公演が始まってまもなくのとき、2度目は東京公演がまもなく終わりを迎える時期でした。初回は2階席の後ろから2列目、2度目は2階席の最後列という決して恵まれた席ではありませんでしたが、この2度の観劇を通じ私は安田さんから「心血を注ぐ」という言葉の本当の意味を教えられたように思います。

おそらく安田さんのもとには、既にお芝居の仕事のオファーが入ってきているでしょう。もしかしたら既に動いているものもあるかもしれません。そんな、安田さんの代表作の一つとなった作品を観られたことは私の財産です。

関ジャニ'sエイターテインメント ジャム 大阪公演

私が夏ツアー大阪最終日に安田さんを見た最初の印象は、

「あ…海鹿耕治だ…」

でした。

 

ここからは私の主観ですのでご了承ください。

 

舞台『俺節』は、主人公のコージ(海鹿耕治)とテレサが物理的に引き離されたところで終わっています。

しかし、原作はその後も続き、むしろその後の方が長いです。

コージは金銭的理由で、テレサは法的理由で会うことができず、コージはデビューという結果を勝ち得てテレサを迎えに行くことを目標に様々な困難と対峙していきます。とはいえ、コージもテレサも人間ですから、コージには売れない自分を献身的に支える同年代の女性ファン、テレサには自分の過去を全て知ったうえで求婚してくれる同郷の男性が、それぞれ出現し、コージもテレサも相手への気持ちを諦めようとするのですが、そこを撥ね退け、デビュー曲を披露する小さな舞台の会場にテレサが駆けつけたところで原作は終わります。

この、最後の場面の海鹿耕治の容姿に、大阪公演の安田さんはとても似ていました。演歌歌手を夢見て上京したときから2年経った最終回の海鹿耕治の髪は遥かに伸びていて、それが舞台が始まった時より伸びた安田さんの髪の長さとほぼ同じに見えました。また、海鹿耕治を演じきった安田さんの顔は、デビューという目標を成し遂げた海鹿耕治の顔つきとどことなく重なって見え、私には『海鹿耕治』の魂が、京セラドームに立ってギターを奏でる安田さんに宿ったかのように見えたのです。

SNSから遠ざかった理由

公演後、ネタバレを避けしばらく断っていたSNSを見ると、安田さんの髪型に否定的な意見が並んでいました。

私が大阪公演で感じたのはただの私の思い込みで、安田さんとしては単に舞台中に髪が伸びたのでこれまでやったことのない髪型をやってみようと思っただけなのだろうとは思います。ですが私は、自分が直接目で見て感じた印象のままでいたいな、と思い、それだけが理由ではないのですが、しばらくSNSから遠ざかりました。不義理なことをし、大変申し訳ありません。

33歳の安田さんが楽しみ

32歳は、音楽にお芝居にと様々なエンターテインメントを魅せてくれた安田さん。

33歳の安田さんに一つだけお願いがあるとすれば、

みるみる痩せて心配させないでください。

でしょうか。

10月からのペコジャニでは、美味しそうに食べる安田さんをたくさん見られるといいですね(まだ一度も見られてないし)

33歳の安田さんも応援しています。

『関ジャニ'sエイターテインメント ジャム』感想(ネタバレあり)

公演から既に半月以上経ちましたが、今のうちにライヴの感想をブログに書き残そうと思います。

セットリスト順の感想を書ければいいのですが、記憶が薄れているので、思いついたことを書きました。

以下、ネタバレありです。ご注意ください。

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関ジャニ∞の地元公演に初参加して(ネタバレなし)

2017年夏。

私は『関ジャニ'sエイターテインメント ジャム』で初めて大阪公演に参加しました。

大阪は関ジャニ∞のホーム。かつ、京セラドームは関ジャニ∞のドームツアー最終公演地となることが多く、これまで頻繁に映像化されてきた場所。

そんな関ジャニ∞にとって一際思い入れのある公演地ですが、東京公演にも大阪から参加されている方が多いだろうし、そこまで違いはないと私は思っていました。

ところが、実際に参加して、東京と大阪には想像以上の違いがありました。

あくまで一意見ですが、お読みいただけると嬉しいです。

 

※ツアー内容には触れていませんが、会場の雰囲気すら知りたくないという方はご注意ください※

 

今回私は大阪最終(日曜)の公演に参加しました。

真夏の公演に子どもエイターの娘と参加するので、グッズは前日に買っておいた方が安心。そこで、前日の土曜に私一人でグッズ購入へ行きました。

到着したのはおよそ開演1時間前。ドーム前はたくさんのエイターさんで溢れていました。

そんなたくさんのエイターさんを見て、私は東京との違いを見つけました。

【その1】男エイターの数

 前回の『関ジャニ'sエイターテインメント』冬ツアーで、私は平日2公演に参加しました。一方、今回はグッズ購入も参加公演も週末でした。ですので、前回と今回は、平日と週末という大きな違いがあり、単純に比較すべきでないかもしれません。

しかし、私がこれまで映像で見て想像していた人数とは比較にならないほど多くの男性エイターを、土曜の物販周辺だけでなく、日曜のドーム内で私の座席周辺でもたくさん見かけました。そして、帰りの電車の車内でも。その数は、私が昨年12月に参加したKinKi Kidsのドーム公演と近かった印象です。

但し、年齢層は違います。関ジャニ∞は20~30代男性がとても多く、加えてツアーTシャツを着ている男性がとても多いと感じました。家族やカップルでお揃いコーデをしているのは素敵だな~と羨ましく見ていました。

【その2】子どもエイターの数

これは、私が参加した前回の平日の東京公演の数とは圧倒的に桁が違いました。

特に、子どもの年齢。幼児~小学低学年の子どもエイターは性別問わずたくさんいました。そして、乳児連れのエイターさんが何人もいらっしゃいましたし、小学高学年~中学生の男の子も決して少なくありませんでした。

これだけの数の子どもエイターがいるなら、関西の園や学校では「昨日関ジャニ∞のコンサート行ってきてん!」「えー!めっちゃええやん!うらやましい!」という会話が繰り広げられるのでしょう。うらやましいなぁ。うちの娘は、あるお友だちに「関ジャニ∞が好き」と言ったら「ププ(笑)なんで?」と返されて以来、東京では私以外に関ジャニ∞のことを話さないようにしているようです。悲しい…。

【その3】エイターさんのかばんとTシャツ

かばんとTシャツは、ファン歴を表す指標の一つだと私は思っています。

Tシャツは、もちろん今回のジャムのものを着ている方が圧倒的に多いですが、関ジャニズムやJUKE BOXのものを着ている方もすごく多かったです。中には今年のメトロックのTシャツを着ている方もいました。運良く参加できた方なのでしょうね。

そして、かばん。E×E魂のものを持っている方は珍しくなく、十祭、8UPPERS、各リサイタル、中には集合魂の時のものを持っている方もいました。

やはり大阪は、長く熱心に関ジャニ∞を応援しているエイターさんが多い土地だなぁと改めて思いました。

【その4】「チケット譲ってください」を持った人の多さ

前回の冬ツアーは360°ステージで元々の動員数が今回よりも多かったので、これも単純比較はできないことは前提です。

 

前回の東京公演でも、水道橋駅にチケットを求めて立っている方はいました。ですが、その数は大阪の方がはるかに多いと感じました。

JR大正駅、ドームまでの道のり、ドーム前駅、そのどこでもチケットを求める方がたくさん立っていました。その数、私がざっと見ただけで1日あたり30人は軽く超えていた印象です。大阪にファンが多い分、大阪公演が激戦でチケットを手に入れられなかった方が多かったのでしょうか。

最後に

普段東京以外のドーム公演に多ステするのが難しい私にとって、今回はイレギュラーな夏のドームツアーだったことで、関ジャニ∞のホームである大阪公演に参加でき、私にとって貴重な公演となりました。

 

ところで、私の座席の位置の問題だったのかもしれませんが、音の反響がかなりあり、私も娘も時折「うん?」と音を探しました。これはドーム公演特有の問題で京セラドームが特別音が悪いというわけでなく、特に今回はセトリの関係もあったのかもしれません。なかなか難しいのかもしれませんが、名古屋以降は少しでも改善されるといいなぁと願います。

 

これからツアーに参加される皆さん。

貴重な夏ライヴ、楽しんでくださいね!!